司法取引導入で、サラリーマンが会社に「売られてしまう」時代が来た

ドキュメント・司法取引【後編】
北島 純 プロフィール

なぜ司法取引が導入されたのか

司法取引は始まったばかりだ。確かに、今回のように法人が免責され、社員個人が起訴されたと聞くと、違和感が残る。会社における一連の意思決定と業務命令の下で社員が犯罪を犯した場合、単に個人の責任ということにしていいのか、という割り切れない思いが残る人も多いだろう。いわゆる「日本型資本主義」を支える滅私奉公的な職業規範からすると釈然としないところがある。

しかし、敢えて言うと、そのような違和感を前提とした上で導入された刑事政策が「司法取引」なのだ。

 

組織的な犯罪の場合、個人の犯罪と異なり、必ずしも自分の意志で犯罪に手を染めるとは限らない。組織の命令に従わざるを得ない事情もあろう。

苦渋の決断や、「会社のために止むを得ず」という忸怩たる思いも時にあるだろう。しかし、それは同時に、責任の所在が曖昧になり、犯罪が発覚した場合に、組織を挙げて証拠を隠滅したり、あるいは特定の人、弱い立場の人に責任を押し付け、残りが逃げ切りを図ったりするという悪しき結果につながることにもなりかねない。

組織における指揮命令系統や犯罪に至る経緯は複雑であり、外部から真相を究明することは容易でない。そこで、関係者と検察との間の取引制度を導入し、ある者に不起訴などの恩恵を与える代わりに、他人の犯罪の捜査に協力させることによって企業犯罪の真実解明を目指すのが、司法取引制度の趣旨なのだ。

独禁法の世界では「リニエンシー制度」が既に導入されており、JRリニア新幹線談合事件でも利用されたことは記憶に新しい。これは、カルテルや入札談合を公正取引委員会に自主的に申告した企業に課徴金が減免される恩恵が与えられる制度だ。

2006年の制度導入同時は日本社会の規範意識にそぐわないという批判が多々あったが、今では完全に定着している。司法取引も同様に、日本社会に確実に浸透し、企業文化を変えていくだろう。