Photo by iStock

司法取引導入で、サラリーマンが会社に「売られてしまう」時代が来た

ドキュメント・司法取引【後編】

日本でも遂に「司法取引制度」が動き出した。2018年7月20日、三菱日立パワーシステムズ(MHPS)が、タイ南部での火力発電所建設に絡み現地公務員に賄賂を提供していた事件で、元幹部3人が個人として起訴されたにもかかわらず、東京地検特捜部の捜査に全面協力した見返りとして、会社は起訴を免れたのだ。

事件の詳細については、前回寄稿した「三菱日立パワーシステムズ事件の背景」をお読み頂きたい。今回は、司法取引が当たり前になるこれからの時代に、ビジネスパーソンとしてどう生き残っていくかという話だ。

今回の事件では、将来を期待されていた元取締役常務執行役員兼エンジニアリング本部長、執行役員兼調達総括部長、そして調達総括部ロジスティックス部長という、タイ事業に絡む中枢ラインにいた3人の元幹部が軒並み起訴された。内部通報によってタイでの贈賄工作を把握したMHPS本社が自主的に東京地検特捜部に情報を提供し、我が国における司法取引の第一号となった訳である。

司法取引の本質

司法取引制度は、正式には「証拠収集等への協力及び訴追に関する合意制度」という。2016年の刑事訴訟法改正で導入され今年の6月1日から施行されていた。

この司法取引にはもともと、自分の犯罪について自主的に捜査に協力する見返りに刑期を大幅に軽くしてもらったり、起訴を免れたりするという「自己負罪型」と、他人の犯罪について捜査・公判(裁判)に協力する見返りに起訴を免れるといった「捜査・公判協力型」の二種類がある。

Photo by iStock

アメリカの映画でよく見るのは前者の「自己負罪型」の司法取引だが、我が国への司法取引導入にあたっては、後者に限定された。

その場合、捜査に協力するのはあくまでも「他人」の犯罪に関してということになる。今回の事件で言うと、贈賄を行った元取締役ら3人は会社にとって「他人」であり、その犯罪の捜査に協力する見返りに、自分(会社)の起訴を免れたという構図だ。

 

3人はいずれも、MHPS本社でプロジェクトや調達部門の中枢にいた幹部であり、タイの現場で汗をかいていた末端の社員は不起訴になっているから、いわゆる「トカゲの尻尾切り」という批判は正確ではない。

しかし、あたかも社員3人が会社の「人身御供」になったかのような印象を与える今回の司法取引に、日本社会は驚いている。人によっては「ドライ」というだけではなく、会社の「非情さ」を感じたであろう。「尻尾切りだ」というメディアの批判が相次いで表明される事態になっているのだ。

実際は、今回の事件はたまたま会社が個人の犯罪について協力したというだけで、改正された刑事訴訟法は、「法人は不起訴、個人を起訴」のパターンに限定している訳ではない。

したがって、部下が上司の犯罪について供述したり、あるいは、社員が会社の犯罪について捜査協力したりすることも、今後は当然に出てくるだろう。本来であれば共同して利益を追求するビジネスに、利益相反の局面が持ち込まれるのだ。

結論から言うと、司法取引という制度導入は、日本社会で確実に定着していくだろうし、企業文化の変革を迫ることになるであろう。しかし、それは必ずしも悪いだけの話ではない。これまでは、会社の命令で違法行為あるいはグレーゾーンの行為に関与せざるを得なくなった場合、清廉潔白を貫こうとする社員個人の立場は残念ながら弱かった。拒否したら左遷等の不利益がまっていると思うと、なかなか抗いがたいものだろう。

しかし、今回の司法取引導入は、客観的な制度として、違法行為への関与を「断るインセンティブ」を明確化するものとも言える。

公益通報者の保護制度とあいまって、少なくとも結果として、そのような違法行為への関与を拒否することができる、新しい企業文化や社会的土壌が生まれることが期待できるのではないだろうか。