Photo by iStock

夏の甲子園「選手の未来を考えない」指導者もファンも時代遅れだ

第100回の今年を機に、意識改革を
夏の風物詩として100回続いてきた全国高校野球選手権大会だが、「その伝統こそが、ある意味で足かせになっている」と指摘するのは、自身も2度、甲子園のマウンドを経験した、元メジャーリーガーの長谷川滋利さんだ。「今、求められるのは『連投させない指導者』と『そんな指導者を雇う学校』」と断言する。100回めを迎えた今大会、これからの100回のために断行すべき甲子園改革とは!?

指導者は「投げさせるため」にいるのではない

8月5日からいよいよ、夏の甲子園の第100回記念大会が開幕します。名門、古豪、新興校に初出場とバラエティに富んだ史上最多の56代表が出揃い、甲子園出場者としても1ファンとしてもどんなゲームが観られるのか、とても楽しみです。

と手放しで言いたいところですが、正直に申し上げると、期待と同じくらい不安もあります。

今年は連日のように酷暑が報じられ、もはや「災害級」とも言われています。その中で野球することは果たして正しいのでしょうか。

 

特に心配なのは、やはり投手の肩および肘ですね。

よく講演などで「息子が野球をやっているのですが、進学するにあたってどんな高校を選べばいいか基準を教えてください」といった保護者からの質問を受けます。

専門家によっては様々な意見があると思いますが、僕の返答はシンプルです。

「連投させない指導者」と「そんな指導者を雇う学校」です。学校や指導者の持つ甲子園優勝回数、出場回数などはまったく意味はありません。

投手について具体的に言えば、以下になります。

「目安は80球、完全試合をやっていようとも100球は絶対に超えない」

「最低でも中4日、理想は中6日の登板間隔を設ける」

近年はさすがに各校、継投する傾向がありますが、観ている限りは「継投」というよりも「頭から投げるエースが疲れてきたから交代」というケースに近い気がします。それも含め、中3日程度では「ちゃんと管理、ケアしている」とは言えません。

また、今からタイブレーク方式(無死一、二塁でイニングがスタート)が導入されましたが、これも十分ではないですね。投手の負担を軽減するというより運営上の都合でしょう。投手の負担を本当に軽減したいなら週末のみの開催にするであるとか、朝とナイターのみのゲームにするとか、もっと効果的な手段はいくつもあるはずです。

問題の一つに、甲子園が大きなコンテンツになりすぎた部分があります。幸か不幸か、郷土のアピール、私学の宣伝としては最高の媒体となっています。

僕も経営や宣伝について勉強しているので、仮に経営のみを考える立場だったら「あれをうまく使えないか」という気持ちは一瞬、頭をよぎるかもしれません。

しかし、教育者であれば、野球人であれば、お金よりも生徒の健康、選手の未来を優先しなければならない。というよりも、どちらが重要か比べるまでもありません。

「各校がそれぞれの教育理念に立って行う教育活動の一環として展開されることを基礎として、他校との試合や大会への参加等の交流を通じて、一層普遍的な教育的意味をもつものとなる」

日本学生野球憲章にはこのように明記されています。最近は他競技でも反則指示ですとか、パワハラ問題ですとか、指導者の質が問われていますが、ある意味では「連投させるのは危険」とわかっていてなお、勝利のために投手をマウンドに送り続ける高校野球の監督の方が悪質です。

アメリカのハイスクールの野球は基本的には各地区のリーグ戦です。その後にトーナメント式のチャンピオンシップシリーズもありますが、それは各州のチャンピオンを決めたら終わりです。全米大会はありません。「その先は次のカテゴリーで決めたらいい。まずは選手の育成が大切」というスタンスは、さすがアスリート大国ですね。

仮にロサンゼルス州の決勝でA高校のB監督が「どうしても優勝したかったから」とエースのC投手を連投させて、チームはロサンゼルスのチャンピオンに輝いても、B監督は間違いなくクビで、街にはいられなくなるくらい批判されるでしょう。

仮にC君が志願しても、「それを止めるのが指導者の役割だろう」というのが、アメリカでの正論です。もっとも最近は、ほとんどの州で球数制限のルールがあるので、大会で連投させるなどありえないのですが。