閲覧注意…男女の歪んだ「愛の行為」が招く、まさかの悲劇

本当にあった封印事件①
長江 俊和 プロフィール

だが翌日、彼はとんでもない間違いを犯していたことに気がついた。事件を報じた新聞記事を見ると、被害者の名前が文江ではなく別人なのである。実は、古屋が殺害した女性は、文江ではなかった。近くの農家の娘で、たまたまそこを通りかかっただけの、古屋とは縁もゆかりもない女性だったのである。彼は別人を文江と思い込んで、殺害してバラバラにしたのだ。

事件から74日後、古屋は逮捕される。一審では無期懲役の判決が下され、古屋は判決を不服として控訴した。控訴審が開かれ、一人の女性が証言台に現れた。その女性とは……あの文江だった。被告人席から、彼女の姿をじっと見つめる古屋。恋い焦がれ、ずっと追い求めていた女性が今、目の前にいる。皮肉にも彼の願望は、法廷で達成されたのだ。

 

だが彼女は、裁判官に向かって、きっぱりと言い放った。

「古屋が自分を恋人だと思っているが、迷惑も甚だしい。私とは全くかかわりありません」

その直後である。被告席にいた古屋が、おもむろに立ち上がった。刑務官らの制止を振り切り、隠し持っていた竹べらを、文江の右胸に突き立てたのだ。法廷は騒然となった。竹べらは、右胸深さ一センチのところで折れて、幸い、文江の命には別状はなかった。

その後、一審の無期懲役は破棄され、古屋に死刑判決が下された。1959年(昭和34年)5月27日、宮城刑務所で古屋栄雄の死刑が執行された。34歳だった。しかし最後まで、彼は死刑に追いやったはずの文江を忘れられなかった。彼は獄中で、こう語っていたという。

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「夜空の銀河を見てると、文江の白いスカートが黒い空いっぱいにフワッと白く広がって見えるんでねぇー、どうしようもないよ……」

小口末吉事件

大正6年3月、東京下谷区(現在の台東区西部)の開業医が、小口末吉(当時29歳)という大工から往診を頼まれた。開業医が間借りしていた部屋を訪れると、内妻の矢作よね(当時23歳)が床に伏せ、苦しそうに唸っている。病状を診ようと布団をめくって、開業医は驚愕する。

彼女の身体には、至る所に生傷があり、手足の指も切断されていたのだ。どう見ても事故ではあり得ない。開業医は警察に通報。駆けつけた警察官により、末吉は逮捕された。当初、彼は犯行を否定していたが、室内からは短刀や錐(きり)などが押収され、警察は夫による折檻による犯行との見方を強めた。

事件から2日後、よねが死亡。解剖の結果、全身に22ヵ所もの傷があり、陰部にも左右3ヵ所ずつ、6つの傷が並んでいたことが分かった。さらに左足の薬指、右足の中指と小指がなく、左手の薬指と小指も第二関節から切断されており、背中や右腕などにも、計3ヵ所に、焼け火鉢で「小口末吉妻」と文字が刻まれていたのだ。

一体なぜ末吉は、妻にそのような残忍な行為を行ったのか? 当時の新聞記事(『読売新聞』大正6年3月4日付)は以下のように報じている。

「末吉は生来残忍なる上、嫉妬深く、かつてなせるヨネの不始末を思い出すごとに常に手酷くヨネを責め……四肢を細紐にて縛し、手拭いにて猿ぐつわをはめたる上、刃物にて両足親指を切断したるを手はじめに……焼け火箸にて背部に『小口末吉妻、大正六年』と烙印したるなど、残忍極まる凶行に出で、ヨネは今日まで生き地獄にも等しい苛責のもとにありたるものだと判った」