世界タイトルを4階級制覇したキックボクサーが「物書き」になるまで

そして「グラビア」評論家へ…?
佐藤 嘉洋 プロフィール

次回はグラビアアイドルの話です

私が書き始めてから4ヵ月くらい経ったころでしょうか。そのウェブアプリ自体が終了してしまうという事態になり、当然連載も終了となってしまいました。

しかし、元々書くことが好きだったのと、書き癖もついていたこともあり、私は掲載されるあてのない文章を連載中と同じように一定のペースでコツコツと担当者に送り続けていたのです! 義理もあったのでしょう。掲載予定のない文章を邪険にせず受け取ってくれました。

しかし、ある程度の文章量になる頃、「これはなんとか形にしてあげたい」と上層部に掛け合ってくれたのでした。会議のときに、担当者は企画を通すため、相当やり合うつもりでいたらしいのですが、「これは面白い!」とすんなり許可が下り、講談社の販売重点書籍にも選ばれて、私は晴れて2013年に『悩める男子に捧げる 1001のローキック』で作家デビューしたのでした。

内容は自分としては傑作だと信じているのですが、売り上げはそこそこなものの、重版がかかるには至りませんでした。少しほろ苦い作家デビューと言えなくもないですが、それはそれで私はさらに高みを目指すことを「絶対に」諦めていません。それはオオサワにぶん殴られてボコボコにされたときと、全く変わっていないのであります。

最後になりますが、私の両親は名古屋市西区で喫茶店を営んでおりまして、そのおかげもあって小さい頃から雑誌は読み放題でした。もちろん週刊誌によくある巻頭グラビア特集も見放題。幼い頃から女性の水着写真を見続けていたせいもあり、異常な執着と言うとヤバいやつに思われそうですが、かなりの「見る目」を養ってきました。

それが高じて勝手ながら「佐藤嘉洋ランキング」という、旬のグラビアアイドル情報を定期的に発信しており、昨年はAbemaTVで特集を組まれたり、愛知県のラジオ局でレギュラーコーナーを獲得したりと局地的にではありますが、かなりの人気を誇っております。

キックボクサーのくせに、「次回はグラビアアイドルの話でいきましょう」と現代ビジネスの担当から指示されています。

「ビジネスなのにグラビアの話なんてしていいんですか?」

「ええ、これは鉱脈を見つけたような気がします」

 

素敵な編集者に出会えてとても幸せですが、聞いてみれば、この方は私の処女作(キックボクサーでありながら、内容のほとんどは愛のある下ネタで構成されています)の担当者とかつては同じ雑誌の編集部で席を並べていたそうです。感性に相通ずるものがあるのでしょう。いい仕事ができそうです。どうぞ皆さま、よろしくお願いいたします。

ちなみに私の処女作の担当者は、この現代ビジネスでも記事を書いている田丸尚稔さんです。今回の寄稿も、この人からのご紹介がご縁で実現しました。

ちなみに私は「#辞書の旅」という旅をしています(こちらも長くなるのでまたの機会に)。その旅を始めてから2日目に学んだ言葉で、大いに感じるものがありました。

合縁奇縁――環境・性格の違う者同士が、ふとした事から親しくなり、あるいは夫婦となり親友となって一生変わらないこと。

佐藤嘉洋(さとう・よしひろ)中学時代にキックボクシングと出会い、1998年にアマチュア2連覇の実績をひっさげてプロデビュー。 以後17年間に渡りキックボクシングの世界タイトルを4階級制覇。 2005年~2010年までは別競技のK-1でも活躍。 2006・2007年日本トーナメントを連覇し、いずれも世界トーナメントベスト8進出。 2008年、魔裟斗との日本人頂上対決も実現し、世界トーナメント第3位。 2010年、世界トーナメント準優勝。 2007年からは実業家としての一面も持ち、現在はJKF(ジャパンキックボクシングフィットネス )と整体院、喫茶店を経営している。 また、少年時代から小説や漫画を書くことが好きで、その素質がTwitterで開花。 2013年、講談社からスカウトされ、『悩める男子に捧げる1001のローキック』で作家デビュー。 2015年、プロキックボクサーを引退。その珍しい経験から導かれた人生哲学を伝える側に回り、講演活動、社員研修講師など多数。 2016年、立ち技格闘技イベント『Krush名古屋大会』の大会実行委員長に。就任1年目にして大会史上最短記録でチケットソールドアウトを達成。2017年、日本キックボクシング選手協会を設立。2018年、新明解国語辞典第7版を完全読破。 日本キックボクシング選手協会を一般社団法人化。