世界タイトルを4階級制覇したキックボクサーが「物書き」になるまで

そして「グラビア」評論家へ…?
佐藤 嘉洋 プロフィール

今の自分はあそこから始まった

元々近所にキックボクシングのジムがあることは知っていました。隣の隣のクラスにいたタクマと話していたら、ひょんな流れから「オレ、半年前からソコに通っとるよ」と言うではありませんか。それを聞いた私は「見学に連れて行ってくれ! 待てんから、今日お願い!」とまくし立てながら手を合わせました。

ジムに到着すると、タクマがドアを開けて奥に消えていきました。私は外でしばらく待つことに。曇りガラスだから中の様子はほとんどわかりません。正直ビビっていました。

程なくして見学の了解を得たタクマが戻ってきて「入っていいよ」と言われるままにジムの中に進みました。ムッとする熱気と、しみついた汗のにおい。激しい吐息と共に揺らされているサンドバッグ。目の前には、綱引きの縄のように太く見える縄跳びを真剣な面持ちで飛び続けている大人たち。何もかもが衝撃でした。

現役時代の著者(写真:佐久間立秋提供)

私は申込用紙をもらって家に帰り、一刻も早く「強くなりたい」という一心で親に頼み込み、すぐに入会させてもらいました(お父さん、お母さん、キックボクシングをやらせてくれてありがとう! 今の自分は、あそこから始まりました)。

そんなことがキッカケで私はキックボクシングを始め、(途中をかなり端折りますが)キックボクシングの世界タイトルを4階級制覇し、世界中のメインイベントで戦い続けました。2005年からは別競技となるK-1にも参戦しました。2008年に行われた「K-1 WORLD MAX」世界トーナメントの魔裟斗vs佐藤嘉洋の一戦は、格闘技好きなら覚えている方も多いのではないでしょうか。

 

さて、ケンカや格闘技の話をしてきましたが、私は小学生の頃から自作の漫画や小説を書いているような一面もあり、ツイッターでその才能が開花したようです。私がアップしていたツイートが講談社の編集者の目に留まり、ウェブアプリでの連載が決定したのでした。

しかしながら、文章を書くことに関しては完全な独学で、プロのテクニックというものを全く知りません。当時の担当者に文章のいろはを厳しく叩き込まれました。提出した原稿の中には半分くらい赤字で修正されたり書き直しを指示されたこともあります。

しかしそれに耐えうる精神力は、キックボクシングによって大いに培われておりました。彼が私の文章に関する才能を見出してくれたと同様に、私もその人を信頼し、すべてを学ぶ姿勢で取り組んだこともあり、文章力もみるみるうちについていったのでした。

「上手な文章を書ける人はいくらでもいます。でも、面白い文章を書ける人は少ない。佐藤さんの文章は面白い。あなたは才能の塊なんですよ」と恵比寿のウェスティンホテルのラウンジで激励され、大いに奮起したのを覚えています。