石原さとみは、日本の女子の生きづらさを映す「鏡」である

その役柄はこんなにも変わってきた
西森 路代 プロフィール

仕事も、恋愛も、結婚も、家庭も

第二形態における「パーフェクトを求められてしまう」という特徴は、家庭や結婚にもつきまとう。

2011年の『ブル・ドクター』は、江角マキコ演じる法医学者と、彼女とともに死亡事件の真実を追う警部・釜津田知佳(石原)を中心とした、いわゆるバディものである。

作中の石原は、仕事に対して意欲もあり、いずれは所轄から捜査一課に戻りたいと考えている、いわゆるキャリアだ。

しかし彼女は、そうした仕事上での達成だけでは満足できない。まだ結婚をしていないことに強いコンプレックスを抱いているのだ。年上で、ブルドーザーのような猪突猛進の性格の相棒(江角)に夫と子供がいるということに、ショックを受けるシーンが描かれる。

結婚をしたいという焦りに付け込まれて、法医学者の恋人(稲垣吾郎)から、都合の良い女として扱われ、破局の危機も訪れる展開もあるが、二人は最終的に元のさやに納まる可能性を見せる。

2018年のドラマであれば、男性に都合よく扱われたら、それを乗り越えて関係を続けるよりも、関係性そのものを終わらせそうな気がする。しかし2011年の本作では、石原演じる知佳は、仕事も女同士の絆も恋も、何一つ欠けることなく最終話を迎える。

仕事ができても、「女性としての基盤(愛されたり、家庭を持ったりすること)」がなければ失格だ――そんなプレッシャーを感じているヒロインに、この時代の女性像を見る思いだ。

ちょうどこの頃、30代の既婚女性のための雑誌『VERY』が、専業主婦からワーキングマザーにターゲットを広げ、それによって新たに注目を集め始めていた。同誌は、「妻であり母であり女である」と、三方向での役割を持っている女性を取り上げることをアイデンティティとし、「基盤のある女性は、強く、優しく、美しい」というキャッチコピーを掲げている。

仕事をして、その上さらに「女性としての基盤」があるということこそが価値であるということだろう。

 

仕事上の能力+母親のようなケア

続いて、2012年の『リッチマン、プアウーマン』。石原は、東京大学理学部を卒業するも、なかなか内定がもらえず、ひょんなきっかけからIT企業で働くことになるシンデレラウーマン・夏井真琴を演じた。

注目すべきは、真琴は能力があるにもかかわらず、変わり者のIT社長(小栗旬)の補佐的な役割に甘んじてしまう点だ。ある大きなプロジェクトのキーパーソンである女性事務次官と変わり者IT社長との間を取り持つ潤滑油のような役割で認められ(それ自体は責任のある仕事ではあるが)、IT社長のメンタル面を母親のように支えるという役割も大きい。

やはり、仕事ができる上に、母親的な心理ケアや気遣いをできる「完璧さ」を求められてしまっているのである。

2009年、雑誌『OZplus』が「35歳までに身につけたい女子力」という特集を組み、それ以降、同誌は「女子力」をコンスタントに特集していく。第一弾となる記事には、〈これから紹介する仕事力、結婚力、お金力、出産力、暮らす力の5つの女子力を身につければ、きっと、華やかで明るい、35歳の私を描けるはずです!〉とある。

2009年の「女子力」ブーム以降の数年間は、仕事で高い能力を発揮し、その上で、これまで「女性がやって当たり前」と考えられてきたケア的な役割も忘れてはいけないという圧力が存在していたのだろう。しかし、そのプレッシャーで、女性たちの焦燥、不安、イライラはパンパンに膨れ上がっていたのではないか。

後編では、そんな爆発寸前の女性たちの気持ちを描いた『失恋ショコラティエ』、そして第三形態というべき『アンナチュラル』、そして現在放送中の『高嶺の花』に至る過程を見ていく。

後編へ続く)