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高級住宅地に住む主婦が50歳を目前に離婚して、失ったもの

「自分」がいなかった25年

厚生労働省の人口動態統計によると、2016年、日本では60万7000組が婚姻し、21万2000組が離婚している。結婚した数の3分の1が離婚していることになる。また、離婚件数そもののは戦後最大数だった2014年から減少しているが、同居期間20年以上を 5年階級別にみると、離婚件数は減少しているが、その中で同居期間25年以上の増加の割合が若干多くなっている

フリーライターの藤野智子さんは、3人の子どもに恵まれ、家族で都内の高級住宅地にある一戸建てに住んでいた。家事と子育てを中心とした専業主婦に近い形で、誰が見ても恵まれた暮らしをしていた。しかし自分をだまして生活していたことに、ある時気づいてしまったという。

初めて「話し合い」ができた日に

「離婚してほしい」とその年、3回目の申し出をしたのは、結婚25年目を過ぎたある春の夜だった。

いつもわたしからの話し合いには一切応じない夫は、その日もまた取り合おうとしない――と思ったのだが、突然、「プライドがあってこれまでなかなか言えなかったけれど」と、率直な思いを口にした。気に入らないことがあるとわたしを無視していたのも、わたしが外へ出ることを好まなかったのも、夫への疑問点を口にすることを許さなかったのも、すべて「自分に自信がなかったせいだ」と言うのだ。

わたしは感動した。わたしがこれまで25年以上切望し、夫には拒まれていた「夫婦の話し合い」というものが、まさにいま実現しようとしている。

夫が「プライド」を捨てて心情を吐露してくれたその誠意に、わたしも応えなければと思った。だから、正直に言った。

「話してくれてありがとう。でも、やっぱり離婚してほしい。好きな人ができたから」

 

3人の子どもを私学に入れ・・・

わたしは、「高級住宅地」と呼ばれる都心の一戸建てで、稼ぎのよい夫と3人の子どもと5人で優雅に暮らしていた。在宅でできる仕事をこなしながら、夕方になると犬の散歩に出かけ、夕食の支度をし、夫や子どもの帰りを待つ生活。

大学を卒業してすぐに、学生時代から付き合っていた3歳年上の夫と結婚。しばらく会社勤めをしてから、フリーライターとして独立した。3人の子どもに恵まれ、子育てをしながら仕事を続けた。

結婚してから勉強を始め、やがて士業についた夫は、わたしの稼ぎを加えなくても、3人の子ども全員中学から私学に入れられる収入があった。

わたしは「夫が大好き」だと思っていた。頭がよくて、頼りがいのある人。子煩悩で家族を優先してくれる人。気難しくて、いまどきスマホも持たないようなあまのじゃくでちょっと変わっているけれど、わたしを大事にしてくれる人。幼い頃に両親が離婚し、人一倍、あたたかな家庭に憧れていたわたしは、理想の結婚生活——大好きな夫と生涯仲よく暮らす——を実現するために必死だった。

「大好きな夫と生涯仲良く暮らす」が自分にとってのミッションだった Photo by iStock