飲めばモラルが向上するクスリ「道徳ピル」をご存じか

それは希望か、ディストピアの始まりか
堀内 進之介 プロフィール

私たちは道徳ピルを拒めない?

山積している数々の社会問題は、古くから大なり小なり存在してきたわけだが、いつの時代にも、どの場所でも、せめて次世代には解決するようにと「教育」には大きな期待が寄せられてきた。

子どもたちを理性的に対処できる人間に育てるために、問題の所在をしっかりと認識する知性を身に付けさせることや、他方では、計算ずくの利己的な考えを持った人間に育たないように、他者を信頼し、思い遣り、助け合う道徳感情を養うことを目的に、あの手この手と方法を変えながら教育は実践されてきたのである。

そうした教育の効果について、あれこれ言うのは簡単なことではない。アームストロングのように「素晴らしい!」とは歌い上げられないこの世界でも、本当は教育のおかげで、ずっとマシな世界になったのかもしれないからだ。

とはいえ、多くの問題を解決するのに、教育の効果をもっと引き出す方法があるとしたら。そして、その方法が、いま生きている私たち自身が、もっと簡単に知性や道徳感情を身に付ける方法でもあるとしたら。それを試さない手はない、と多くの人が思うのではないだろうか。

しかし他方で、これまで述べたような、科学技術の力を借りて私たち人間の本性を「改造」「改善」しようとする試みに対しては、人間の品種改良を目指したナチスドイツの「優生学」を連想したり、あるいは端的に嫌悪感を覚えたりする人もいるはずだ。

けれども、あなたは知らず知らずのうちに、あるいは、あまり意識したことがないだけで、すでにこのような方法を実践済みかもしれない。実際、クスリには抵抗がある人でも、ここぞという時に、エナジードリンクを飲む人はいるだろう。

眠気覚ましや集中力UPのためにコーヒーやお茶を飲むとなれば、読者の大半は該当するはずだ。そして、それらの中に、アルギニンやリバオール、タウリン、生薬、糖質、カフェインなどが多量に含まれていることを知らない人はいないだろう。

エナジードリンクと道徳ピルの違いをどう考える?(photo by gettyimages)

含まれている物質が異なるとはいえ、眠気を覚まし、集中力や注意力を高めることを目的に、エナジードリンクやコーヒー、お茶を飲むのは、リタリンなどの薬物を服用するのと原理的には変わらない。さきほど、「あなたはすでに実践済みかもしれない」と述べたのはこれが理由だ。

 

あなたは、どう考える?

モラル・エンハンスメントに対しては、自由の侵害が懸念されている。愚かな選択や行動をすることも自由の一部だと考えるなら、モラル・エンハンスメントは確かに自由の侵害だと言える。けれども、この懸念には、自由の価値を誇張すべきではないとの反論もある。ジョージ・ワシントン大学の道徳哲学者のDavid DeGraziaは次のように述べている。

〈私たちが行動する時の平均的な自由度と比較して、モラル・エンハンスメントは自由を25%減少させたと想像してみてください。さらにモラル・エンハンスメントの結果、戦争や飢餓がなくなり、世界のすべての人が基本的な生活必需品にアクセスできると想像してみてださい。人々の道徳的行動やそのような歓迎される結果のために必要ならば、それを理由に、私は自由の減少を全面的に受け入れるでしょう〉

あなたは、この考えについてどう思うだろうか?

誰もがモラル・エンハンスメントの対象になる未来は、デストピアか、それともユートピアか。いまの世の中を見るにつけ、せめて私たちの代表である政治家には「道徳ピル」をお勧めしたい、そう思った読者もいるのではないだろうか?