日本版司法取引でえん罪は増える?不適切な法科学が用いられる危険性

制度開始から3ヵ月、3つの課題がある
稲葉 光行 プロフィール

不適切な法科学が用いられる危険性

筆者は別の事件の検証に関わり、科学者であっても正しい科学的な手続きを貫くことが難しい場合があることを知った。

それは「鹿児島・強姦事件」などと呼ばれる事件である。その事件では、17歳の少女が20歳の男性に暴行されたと訴えた。

科捜研のDNA鑑定で「体液は判別不能」とされたが、男性の犯行を否定できないという判定がなされ、第1審では4年の実刑判決が下された。

控訴審での法医学者のDNA再鑑定では、科捜研と同じ手法でありながら第三者のDNAが出てきた。その結果元被告には無罪が言い渡されたが、裁判官は判決文で、証拠に対する不適切な管理や鑑定をした科捜研・検察の姿勢を強く批判した。

イノセンス・プロジェクトの協力者S.カシン教授は、人間が持つバイアスが法科学の場でも働く可能性を指摘する。彼はこれを「フォレンジック確証バイアス」と名付けた。

鑑定人が被疑者に有罪心証を持てば、それが鑑定結果に影響を与える。例えば鹿児島の事件では、少女が勇気を持って強姦被害を訴え、容疑者を特定したことで、その男性が犯人だというバイアスを捜査側・鑑定側が持った可能性が高い。

そして少女の勇気に報いることが使命と考え、結果として間違った形で法科学が使われた可能性がある。

心理的なバイアスを完全に排除するのは不可能であり、それによって何らかのミスをしてしまうことは避けられない。しかし人命や人生に関わる判断では、バイアスを可能な限り防ぐ対策が取られるべきである。

この深刻さは、無実の男性が20歳からの貴重な数年間を奪われてしまっただけでなく、法科学が間違って使われた原因が十分に究明されず、それに対する根本的な対策も取られていないことである。

フォレンジック確証バイアスに対し十分な対策が取られてない現状では、司法取引から被疑者が作り出され、間違った形で法科学が使われたら、無実の人間が有罪とされていく可能性は十分にある。

 

同じ間違いを繰り返さない司法へ

本稿では、米国や台湾のイノセンス・プロジェクトの活動と、筆者が関わった2つの事件を取り上げ、日本の司法文化の課題を論じてきた。

そしてそれらの課題を抱えたままの日本の司法では、司法取引でえん罪が生まれる可能性が十分にあることを指摘した。

結局、司法取引という制度が持つ問題よりも、日本の司法文化自体が内包する課題によって、新たなえん罪が起きる可能性があると考えている。

また本稿では、バイアスなどによって起きる間違いを完全に防ぐことはできないとしても、間違いが起きたらそれを検証し、少なくとも同じ間違いをしない対策を取るという技術屋の発想を、司法に取り入れることの必要性を訴えたつもりである。それによって、えん罪・誤審・誤判を減らしていくことは可能だと考える。

筆者はよく飛行機事故のたとえを使う。飛行機事故が起きたら、その原因が徹底的に究明され、少なくとも同じ原因で事故が起きないよう対策が取られる。そのような技術屋的な発想が、日本の司法にも根付いていくことを期待している。

そして、イノセンス・プロジェクトをモデルとしたえん罪救済センターの活動が、日本の司法改革におけるそのような議論の方向性にはずみをつけるきっかけとなれば幸いである。