日本版司法取引でえん罪は増える?不適切な法科学が用いられる危険性

制度開始から3ヵ月、3つの課題がある
稲葉 光行 プロフィール

イノセンス・プロジェクトは現在、カナダ、英国、豪州、台湾などに広がっており、それらの連携組織のイノセンス・ネットワークという枠組みもある。

毎年開催される大会では、弁護士、検察官、裁判官、えん罪被害者、警察関係者などが集まり、立場を超えてえん罪防止にむけた司法のあり方について議論が行われている。

日本でも2016年4月に、筆者らが発起人となり、日本版イノセンス・プロジェクト「えん罪救済センター」が設立された。

現在、司法実務家、法科学者、法学者、心理学者、情報科学者など約30名の有志が集まり、全国から届く個別の相談について検討している。これまでに寄せられた相談は280件を超える。

残念ながら日本では、米国や台湾のように、えん罪原因の究明や司法改革について、法曹三者、えん罪被害者、警察関係者などが一同に介して議論する場が持たれる段階には至っていない。

私は学会で裁判官や検察官にお会いした際、日本でそのような場を持つ可能性について意見を伺うが、いつも「まだ難しい」という返事をいただく。

えん罪の再発防止にむけて、立場を超えてオープンに議論をする場がない日本で、えん罪原因の1つになりうる司法取引が導入されることには危惧を感じざるを得ない。

 

証拠よりも自白・供述を重視する取り調べ

司法取引に直接関わる事件ではないが、筆者が日本の刑事司法に疑問を持ち、えん罪救済センター設立を呼びかける契機となった事件の1つが、13人が公職選挙法違反に問われた「志布志事件」である。

筆者は、コンピュータで文書を分析する研究に取り組んでおり、同事件で膨大な取調べ調書があると聞いたことから、それらの分析を考えた。そして心理学者らとの現地調査に参加し元被疑者の方々にお会いした。

そこで伺った話は、技術屋としては驚く話ばかりであった。客観的証拠がないにもかかわらず、捜査側が被疑者に対して数ヵ月から1年に渡って、自分や他人の罪に関する虚偽の供述をするよう強制・誘導し続けた。

ある男性は連日の取調べに耐えられず自殺未遂を図った。そして救助した人に「取調べに耐えられない」と語ったが、供述調書では「悪いことをしたので死んでお詫びしようと思った」と記載された。

他の男性は、自分や他人の犯行について書かれた調書を読んで聞かされ、取調官に「自分の話と違う」と伝えたところ、「調書はそういうものだ」と言われた。客観的な証拠がなくても自白・供述を引き出そうとする取り調べに唖然とするばかりであった。

このような取り調べの特徴について、心理学者の浜田寿美男教授は、日本の取り調べが「謝罪追求型」であることに原因があるとする。

捜査官は被疑者を前にして、罪を反省させることが使命と考え、反省と自白・供述があるまで取り調べを止めない。その結果、日本の勾留期間が先進国の中で突出して長くなり、それに耐えられない被疑者は虚偽の供述をする。そして裁判では、自白や供述しかなくても有罪判決が下される場合がある。

いくつかの事件では、証拠を知っている取調官が、被疑者に証拠と合致する自白・供述を強要したという話も聞く。科学的な視点からすれば、全く本末転倒のことが行われている可能性がある。

このような日本の取り調べで、第三者に対する虚偽の供述が提供され、無実の被疑者が謝罪追求型の取り調べを受けたら、そこで新たな虚偽自白が生まれ、それが根拠となって有罪判決が出される可能性はある。

供述・自白ではなく、客観的証拠に根ざした捜査や判断をする司法文化が育たない限り、日本版司法取引が新たなえん罪を生み出す可能性を排除できないと考えている。