カレイの目はなぜ2つとも右側にあるのか

ついダマされそうになる進化論批判のトリック
更科 功 プロフィール

カレイの眼はなぜ2つとも右側に?

しかし、直感的にはわかりにくい進化を遂げた形質もある。たとえばカレイの眼だ。カレイの眼は2つとも体の右側についている。

カレイは体の右側を上にして海底に横たわっているので、たしかに眼が2つとも右側にあれば便利だろう。しかし、昔はカレイの眼も、体の左右に1つずつ付いていたはずだ。ということは、その後、体の左側(海底側)の眼が少しずつ移動を始めて、ついには体の右側(上側)に回り込んだのだろうか。いや、それは考えにくい。

海底側の左眼が移動を始めてすぐのころは、依然として左眼は海底側を向いていたはずである。左眼が海底を向いているかぎり、とくに良いことはないので、自然選択は働かないはずだ。つまり、このような進化は、最初の段階でスタートしないはずなのだ。そう考えると、カレイの眼が2つとも右側についているのは不思議なことである。

【写真】カレイ(プレイス)
  カレイ(プレイス、Pleuronectes platessa)photo by gettyimages

でも、これは前提(1)に囚われているから不思議なのだ。つまり、カレイの成体のことしか考えていないから不思議なのだ。

カレイは卵から産まれて、子供の時代を経て、そして大人に成長する。カレイも子供の頃は、眼が左右に1つずつ付いている。それが成長とともに、左眼が右側に移動していくのである。しかも子供のカレイは、大人のカレイのように体が平べったくない。成長していくにつれて、だんだんと体が平べったくなっていき、それにつれて、だんだんと垂直の姿勢でいられなくなり、最終的には横向きになってしまう。

【図】カレイの目の移動
  メイタガレイの目の移動(参考:ブルーバックス『魚のおもしろ生態学』)

実際には、カレイの進化の過程は明らかになっていない。しかし、思考実験をすることはできる。成長するにつれて、体がだんだん平べったくなっていき、姿勢がだんだん横向きになっていき、そして左眼がだんだん右側に移動していくのなら、その途中の段階で自然選択が働く様子を想像することができる。

体の断面がまだ丸くて、少し斜めの姿勢でいることが多い時期には、左眼が少し上に移動しただけでも、生きていくうえで有利になるだろう。

(2)(3)が成り立たない場合もある。たとえば、(2)が成り立たない例(つまり1つの形質が複数の機能を持つ例)としては、鳥の羽毛がある。羽毛は、最初から飛行のために進化したわけではない。最初は保温のために進化したが、後に飛行のために使われるようになったのだ。

【写真】ルリコンゴウインコの羽毛
  鳥の羽毛(ルリコンゴウインコ 〈Ara ararauna〉の例) photo by gettyimages

また、(3)が成り立たない例(つまり複数の形質が同じ機能をもつ例)としては魚類の呼吸器官がある。水中から陸上へ進出するには、呼吸器官を鰓から肺に変えなくてはならないので大変だ。しかし実は、水中に住んでいる魚類の段階で、すでに肺は進化していた。鰓と肺を持ち、水中でも陸上でも呼吸できる魚がいれば、それらが陸上へ進出しても不思議ではないだろう。

【写真】ミナミアメリカハイギョ
  ミナミアメリカハイギョ(レピドシレン・パラドクサ Lepidosiren paradoxa Fitzinger) photo by gettyimages

(4)「変化する」という前提が成り立たない場合さえある。たとえば、周りの形質が変化したために、それ自体は変化していない形質が、役に立つようになる場合だ。そういう例としては、頭蓋骨の縫合線がある。

脊椎動物の頭蓋骨は、複数の骨が組み合わさってできている。これらの骨のつなぎ目の組織を縫合線という。ヒトの場合、この縫合線組織は、大人になると骨に置き換わっていくが、生まれたばかりの子供では広くて可動性がある。子供は産まれるときに産道を通るが、産道はかなり狭い。

一方、ヒトの子供の頭は大きいので、頭蓋骨が変形しなければ産道を通過できない。この頭蓋骨が変形するときに、縫合線が役に立つのだ。

【図】頭蓋の縫合とすきま(泉門)
  ヒト子供の頭蓋。頭蓋上の線が縫合線で、色の濃い部分が泉門と呼ばれる隙間で、この隙間のために頭蓋骨どうしの可動性が大きくなる photo by gettyimages

このように、脳が大きいヒトにとって、縫合線は適応的な形質だ。しかし、縫合線自体は、脳が大きくない爬虫類などにもある。縫合線自体が変化したためではなく、脳が大きくなったために、縫合線に新たな役目が生じたのである。

進化学はこの150年で大きく発展した。しかし、そんな発展とは関係なく、進化に対する昔ながらの批判は生き続けている。その理由の1つは、人間の考え方にはくせがあるからかもしれない。

質問をされると、つい正面から答えようとしてしまう。でも、正面から答えるのは、質問の前提をチェックしてからでも遅くはないのである。