撮影:岡田康且

イルカはしゃべるし、モノマネもする!

言葉を覚えたシロイルカの「超」能力

ソロモンの指輪——動物と話すために必要なもの

旧約聖書の偽典に記されているソロモン王は、神から授かった“魔法の指輪”をはめて、いろいろな動物と会話ができたとされています。そんな指輪があればさぞや楽しいでしょうが、動物行動学で名高いK・ローレンツによれば、「動物と話す」には、なにもそんな指輪がなくても可能なのだとか。

本当でしょうか――。

動物と話す――それは、言い換えれば動物の心を知ることです。古来、各種の動物の心を知るために、彼らの行動を観察するさまざまな研究が行われてきました。

「なぜ、そういうことをするのだろう?」「次は何をするのか?」といった命題を解決することで、動物の心の中を覗くことになると考えられてきたからです。

でも、本当はもう少し直接、動物と話がしたい。それには動物に言葉を教えればいい――。

簡単なことではありませんが、そう思って動物に言葉を教える試みもまた、さまざまに行われています。それらはいずれも、神話や伝説ではなく、科学的な方法によって行われてきた研究です。

対象は、チンパンジーやゴリラ、オランウータン、ボノボなどの霊長類が中心です。その手法はさまざまで、はじめはチンパンジーに直接、ヒトの言葉を発音させようとしましたが、うまくいきませんでした。他にも、手話や図形文字によって単語を教えたり、文法能力を試したりする研究が行われてきました。

その結果、ゴリラは1000種類以上の手話を理解し、ボノボではキーボードに描かれた図形文字を介した方法が成功を収めました。わが国でも、京都大学霊長類研究所のチンパンジー「アイ」にはじまる一連の研究によって、数や色などの概念の有無や認知能力が明らかにされています。

動物の会話の研究は、オウムでも行われています。「アレックス」という名のオウムはヒトの言葉を理解し、質問に対してオウム自らがヒトの言葉を発して応えています。

「イルカは賢い」はほんとうか?

海中に目を移すと、イルカという動物がいます。

【写真】水族館の人気者、イルカ
  イルカは水族館の人気者

流線型のフォルムはなんとも涼しげで、その愛くるしい顔だちは水族館でも人気者です。イルカが知られるようになった歴史は意外に古く、古代ギリシャの哲学者・アリストテレスは、イルカを愛情深い動物と称賛しています。

イルカの魅力は、拙著『海に還った哺乳類 イルカのふしぎ』でもたっぷり紹介させていただいていますが、水の抵抗の少ないからだ、深く、長くもぐる秘密、さまざまな社会行動、ヒトと共通のものの見え方……などなど、外見からだけではわからない神秘的な魅力が尽きません。

ところで、イルカはよく「賢い」といわれますが、イルカを賢いと最初にいったのはJ・C・リリーという大脳生理学者でした。彼は、イルカには知性があると考え、数々の実験を行いましたが、やがて1960年代から70年代にかけて、ヒトとの会話の研究を志すようになります。

【写真】J.C.リリー
  J・C・リリー photo by gettyimages

実際に、バンドウイルカにアルファベットを発音させることを試みましたが、イルカとヒトは発音する器官の場所も構造も異なるため、成功しませんでした。しかし、晩年のリリーに筆者もお目にかかったことがあるのですが、鋭い眼光の奥には、まだイルカとの会話をあきらめていない熱意がありました。

さて、はたしてイルカに言葉を教えることはできるのでしょうか。

そもそも、動物に言葉を教えるには高度な知的特性が必要です。そして、その特性の発信源が脳です。

イルカは、大きくて重い脳をもっています。体重に占める脳重の割合(脳化指数といいます)は、ヒトに次ぐ順位です。ちなみにその脳は、眠って溺れてしまわないよう、左右の脳が代わる代わる眠る「半球睡眠」をしています。事実上「眠らない脳」ですから、どうやら彼らは、夢は見ないようです。

イルカの脳にはまた、複雑なシワ(脳溝)があります。シワが多いほど表面積が増え、神経細胞が多くなります。実際、イルカの脳の神経細胞の数は、ヒトをしのぐという数字もあります。

もちろん、どんなに脳が立派でも、それはただの部品にすぎません。しかし、彼らの脳は高い知性を彷彿させ、言語を理解できる可能性が高いと考えられるわけです。

イルカに言葉を教えてみたら…?

さて、結局、リリーの研究は頓挫し、その後、1970年代後半からハワイ大学のL・M・ハーマンがイルカに言葉を教える研究を始めました。まず、さまざまな品詞を音やハンドサインで教え込み、そうして覚えた単語を組み合わせて文を作り、イルカに理解させるというものでした。

特に、ハンドサインを用いた研究では言語を定義するいくつかの要素が確かめられ、実際にイルカは1500種類以上の文を理解しました。

こうしたハーマンの研究から、イルカはヒトが用いている文法をある程度、理解できることが明らかとなりました。しかし、イルカたちのほうから何か文を作ったという例はありません。短いヒレしかもたないイルカたちには、複雑なハンドサインはできないため、彼らが自発的に文を作ることはできなかったのです。