この国はまだまだ捨てたもんじゃない…西日本豪雨と優しい日本人

被災地で見つけた 市井の「偉人」たち
週刊現代 プロフィール

徐々にライフラインは復旧してきているものの、いまだに土砂や倒壊した家屋に埋もれ、行方が分からなくなっている人がいる。

むろん人命の救助が最優先で、捜索現場に多くの警察官やボランティアが割かれる。だからこそ住民が自力で生活を取り戻さなければいけない地区は多い。

天応地区から車で10分ほど南へ向かうと、梅木町という町がある。テレビではあまり取り上げられず、ボランティアや救助隊も現場ではほとんど見かけないが、町の北東を流れる梅木川が土砂に埋まり、原形をとどめていない住宅もある。

山間部へ向かう対面通行の道路には、土砂が15cmほど積もっていた。ワークパンツ姿の若者が、シャベルで黙々と道に積もった土砂を路肩によけている。梅木町に近ごろ移住してきた花岡健太さん(25歳)だ。

「今日は休みで、仕事の合間を縫って片付けを続けていこうかと考えています。自宅はもうちょっと坂を上がったほうなんですけど、この太い道がきれいにならないと、みんな不便だろうと思って。

手伝ってくれる人は、いまはいないです。高齢者の多い地区ですし。でも、だれかがやらないと、なにも進まないから」

炎天下、汗だくの花岡さんの横に軽自動車が止まる。70代と思しき女性が車中から、スッとペットボトルのお茶を差し出し、「ありがとうね、気をつけて」と声をかけ、走り去っていった。

「さっき、そこを通りかかった人ですね……。ありがたいです」(花岡さん)

 

梅木町の高台へ向かう道には、いまだに上流からやってきた土砂や木、岩が転がる。かろうじて普通車1台が通れるスペースが確保されているが、雨のピークを過ぎた7日はとても通行できる状態ではなかった。

その道の途中、70代の女性が、ガードレールに腰かけながら木陰で一息ついていた。

「この上にある汐見ヶ丘団地に住んでいます。大雨の日は、逃げようにも団地の前を大きな岩がゴロゴロ転がっていて、どうすることもできなかった。

雨が上がると、団地の人づてに、若い人たちがほかの地区から集まって、手分けして道をきれいにしてくれたんです。『これなら、給水車も通れるようになったでしょ』って。みんなはじめて会う人たちなのに、どうしてこんな親切になれるんだろうってほどでした」

雨にも負けず、夏の暑さにも負けないよう、被災地の人々は互いに支え合いながら、前を向いて生きている。まさしく、宮沢賢治の詩の一節そのものだ。道のりは長い。だが、こうした市井の人たちの努力が続いていけば、かならず復興できる。

「週刊現代」2018年8月4日号より