名刺もメールも使わない「新型中国人経営者」たちの驚きの思考法

あなたとの「時間の価値」はいくら?
松岡 真宏 プロフィール

重要なものだけに「同時性」が与えられる

ビジネスだけに限らず、人と人とのコミュニケーションにおいて、インパクトと効率はトレードオフ関係にある。

時間も空間も「同時性」がある直接のミーティングは、重要度が高い内容を、その場で深く議論できる。しかし、ミーティング中は他の仕事ができないし、そもそもそのミーティングを設定するだけでも多大な時間と労力を消費してしまう場合もある。

それに対して、時間も空間も「同時性」が解消されたメールでのやり取りは、直接のミーティングと比べると臨場感に乏しい。しかし、数多くのメールを後から集中して閲覧し、返信したり、対応のしかたを考えたり、同僚と共有したりすることができる。

 

メールがなかった1980年代。「クライアントとのアポ取り」といった低付加価値業務でさえ電話で行われ、自分とクライアントの時間の「同時性」が要求されていた。メールなどの「同時性」解消型のコミュニケーションがもたらした、時間効率の改善効果は絶大である。

「同時性」とは結局のところ、「送り手と受け手が、お互いの時間をいかに拘束するか」という問題だ。「同時性」のある対面コミュニケーションは、お互いが望めば意識・感情の交換が直接的に行われ、大きな成果を生み出すことがある。一方、その時間はお互いを拘束し合うことになるため、多大な機会費用が必要になる。

ICT、特に携帯電話(スマホ)が発達・普及することで、現在、この機会費用は急速に大きくなっている。ちょっとしたすきま時間で、携帯電話を使えば様々なことができるようなったためである。拘束すること、拘束されることによって生じる「負の側面」が、過去にはないほど大きくなっているのだ。

結果として、効率的なビジネス作法としては、可能な限り「同時性」解消型のコミュニケーションを増やすこととなる。そして、そこで生まれた時間を使って、自分にとって本当に大事な人と、大事なことを共有する「同時性」のあるコミュニケーションを行うのが、これからの働き方・暮らし方になってゆくだろう。

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副産物として、この新しい世界では、「同時性」に基づく「カースト」もより明確となる。価値が小さい用件、もっと直接的に言えば「時間をさきたくない人とのコミュニケーション」は、「同時性」の観点から容赦なく切り捨てられる。

クライアントとミーティングをしていても、重要な人からの連絡がクライアントの携帯に入れば、自分との「同時性」は後回しにされる。クライアントは自分の面前で他の人との「同時性」を優先する。こちらはそれを受け入れるしかない。

生産性の高い上司は、前述したように、文字ではなく音声で部下に指示を出す。部下は、上司に認めてもらうためにも多くの文字メッセージを上司に送る。しかし上司は膨大なメールを毎日受けるため、すべてを見られない。重視されていない部下が作った文字メッセージは、上司のメールボックスの底で眠り続けることになる。

個人の情報処理能力には限界がある。発信能力の乏しい人が発する情報は急速に無価値になり、誰もが今まで以上に、「相手にしてもらう」ための努力を要求される時代が訪れている。「同時性の時代」は、ディストピアなのだろうか、ユートピアなのだろうか。