実は女性の半数は「地図が読める男脳」より地図が読める科学的根拠

ラボ・フェイク 第6回
伊与原 新 プロフィール

議論はまだまだ尽きそうにない。ただ、大半の脳研究者が同意していることはある。脳においては、男女差よりも個人差のほうがはるかに大きい、ということだ。

男女の能力差が一番顕著にあらわれるのは、空間知覚だという。そのテストの成績を男女別にヒストグラムにすると、どちらも平均点付近に頂上をもつ山型の分布になる。女性の山は男性のそれよりも点数の低いほうにややずれているが、その差はほんのわずかだ。

つまり、あなたが平均点付近の男性だとすれば、女性の半数近くはあなたより空間認知能力が高い。女は地図が読めないなどと偉そうな口を叩いていると、恥をかくことになるだろう。「男脳・女脳」というのは、所詮その程度の話なのである。

 

「脳は10%しか使われていない」は本当か?

最後に、他の「神経神話」にも触れておこう。「人間は脳全体の10%しか使っていない」という話は、最近もテレビドラマやSF映画の設定として使われていたところをみると、まだまだ影響力がありそうである。

藤田一郎著『脳ブームの迷信』によれば、この言説もまた、20世紀初頭から信じられていた伝統あるニセ科学だという。かのアインシュタインが言ったという説まであるそうだから、なかなか格式も高い。

藤田氏によると、この説が広まった根拠と思われるものは、二つ。一つは、かつて「サイレントエリア」と呼ばれていた領域の存在だ。大脳皮質にあるこの領域は、過去の動物実験において、電気刺激などを与えても動物の行動に変化が見られなかった。

この事実が、「脳には働いていない部分がある」と誤解された可能性があるという。現在この領域は「連合野」として知られ、高度な精神活動に関わっていると考えられている。

もう一つは、グリア細胞だ。脳内には神経細胞の他にグリア細胞というものがあり、その量比は1対10。グリア細胞は情報のやり取りにこそ関与していないが、神経細胞の働きを支える重要な機能を担っている。

脳は、体全体が使うエネルギーの実に20%を消費している。それだけのエネルギーを投じて維持している器官の90%が使われていないというのは非常に考えにくい、と藤田氏は指摘する。説得力のある話である。

では、「右脳型・左脳型」はどうか。巷では「ウノウ・サノウ」と読まれているが、脳研究者は「ミギノウ・ヒダリノウ」と呼ぶそうだ。この一事だけでも、この言説の俗っぽさがよくわかる。

左右の大脳半球の性質に違いがあるのは科学的事実だ。先ほども述べたように、(やや乱暴な)通説としては、左脳は論理的で分析的、右脳は直感的で包括的な働きをするということになっている。

左脳はロジカル、右脳はクリエイティブ…そんなことがあるのだろうか?(Illustration by iStock)左脳はロジカル、右脳はクリエイティブ…そんなことがあるのだろうか?(Illustration by iStock)

だが当然ながら、すべての人の脳は、左右の半球で信号をやり取りしながら働いている。個人の脳において、どちらの半球が優勢かを判定する根拠や基準はない。論理的(直感的)な人を「左脳(右脳)型人間」などと呼ぶのは勝手だが、それは脳科学とは何の関係もない。

一時期、「右脳を鍛える」ことがブームになり、関連した書籍が数多く出された。右脳でも、脳の残り9割でもいいが、そもそも脳を"鍛える"ことなど本当にできるのだろうか? その話題も含め、次回も引き続き脳にまつわるニセ科学について考えてみたい。

(つづく)

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