実は女性の半数は「地図が読める男脳」より地図が読める科学的根拠

ラボ・フェイク 第6回
伊与原 新 プロフィール

「男脳・女脳」の真実とは?

物事が極端なほうへ振れると、揺り戻しも大きい。それに勢いを与えたのが、1990年代から広く用いられるようになったfMRIやPET(陽電子放射断層撮影法)といった新技術だ。

生きた人間の脳をのぞき見ることができるこれらの手法は、男女の脳の“違い”を次々と見つけ出した。感情、記憶、視聴覚、顔認識処理、ナビゲーション能力、ストレス耐性。性差が見られるとされた領域は、多岐に及ぶ。

よく知られているのは、左右の脳をつなぐ脳梁という部位だろう。一般に、左脳は論理的で分析的、右脳は直感的で包括的だと信じられている。両者の連絡係である脳梁は、女性のほうが男性より太いという論文が出たのだ。

 

この話が市井まで下りてくると、どういうわけか、「女性はマルチタスクに、男性は一つのことに集中する仕事に長けている」ということになった。“お茶の間脳科学”ではお決まりの、曲解と飛躍である。

まだある。空間知覚に関わる頭頂皮質は、男性のほうが女性より大きい。これが、「男は女より地図が読める」という俗説を生んだ。言葉の記憶や感情に関わる海馬言語中枢のニューロン密度は、女性のほうが大きい。このことが、「女は男より言語感覚に優れている」というテストの結果と短絡的に結びつけられた。

「男脳」と「女脳」は存在するのか?(Illustration by iStock)「男脳」と「女脳」は存在するのか?(Illustration by iStock)

こうなると、差別的論調が再び盛り返してくる。女性の脳はマルチタスクだから、家事や子育てに向いている。一つの分野を極めることができるのは、結局は男性。2005年にはハーバード大学の学長が「科学の世界で大きな成功をおさめる女性が少ないのは、脳の構造による可能性がある」とスピーチし、顰蹙を買った。

その反動もあるのだろう。ここ数年はかなり冷静な議論が増えているようだ。2015年にイギリスのグループが報告した大規模な調査によれば、脳のサイズを補正すると、脳梁にも海馬にも、従来言われていたような男女差はほとんど見られないという。

構造だけでなく、脳の働き方の性差についても新しい見方が出てきている。例えば、「すべての人の脳は、男性的特徴と女性的特徴とが様々な濃淡で組み合わさった『モザイク脳』である」という説もそうだ。この見方に立てば、確かに、脳を性別による2つのタイプに明確に分けるのは難しい。

だがこの「モザイク脳」に対しては、脳の性差を研究する他の科学者たちから、「これは科学ではなく、イデオロギーだ」と反発が出ている。濃淡や組み合わせに個人差はあれ、(至極当然ながら)男性の脳は総じて男性的特徴を多く持ち、女性の脳は女性的特徴を多く持つ。脳に性差があることの否定にはならない、というわけだ。