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実は女性の半数は「地図が読める男脳」より地図が読める科学的根拠

ラボ・フェイク 第6回
人はなぜ、「科学らしいもの」に心ひかれてしまうのか……? 東京大学大学院で地球惑星科学を専攻、大学勤務を経て小説デビューし、「ニセ科学」の持つあやしい魅力と向き合うサスペンス『コンタミ 科学汚染』を上梓した作家・伊与原新氏。同氏が生み出した、ニセ科学に魅せられた科学者・Dr.ピガサスが今回、語るのは、巷に溢れる「脳」にまつわる「伝説」たち。「男脳」と「女脳」は実在するのか? 「人間は脳の10%しか使っていない」は本当か? ……誰もが耳にしたことがあるであろう、脳に関するさまざまな言説。そこからは、科学とフェイクのゆらぎが見えてくる──。

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差別される「脳」、差別する「脳」

お茶の水女子大学が、「性自認が女性であるトランスジェンダー学生を受け入れる」と発表した。以前から女子大にはそうした受験希望者からの問い合わせがしばしば寄せられていたそうだが、国立大学として真っ先にこの決定を下したのは、やはり英断だと思う。

世間も概ね好意的にこれを受け止めているように見える。心と体の性別の不一致は、その人の生得的な性質の一つ。そんなとらえ方が一般的になりつつある証左だろう。すべては"Born this way"というわけだ。

だがこの問題は、実は諸刃の剣でもある。生まれつき心と体の性別が一致しない人々が存在するということは、脳に属性として性差があることを意味するからだ。

 

トランスジェンダーが先天的なものかどうか、結論が出たわけではない。ただ、人間の心には生後かなり早い段階で性差があり、性自認も芽生えているという研究結果が蓄積されつつある。体の性差は妊娠初期に、脳の性差は妊娠後半に形成され始めると主張する研究者もいる。

とくに、前視床下部間質核と分界条床核という脳部位は、それぞれ性的指向と性自認に関わっていると考えられており、どちらも男性のほうが大きい。ところが、同性愛の男性においては前視床下部間質核が、トランスジェンダー男性(性自認が女性)においては分界条床核が女性並みに小さいという報告がある。

こうした事実がジェンダー論に(ときに強引に)結びつけられるであろうことは容易に想像がつく。卑近な言い方をすれば、「男脳・女脳」問題である。

以前、『話を聞かない男、地図が読めない女』という本がベストセラーになったのをご記憶の方も多いだろう。男女の考え方、行動、能力の違いを単純に脳の性差に押しつけるこの手の言説は、女性差別を助長する方向に悪用されないとも限らない。

脳科学」の歴史は、差別の歴史と重なっている。例えば、19世紀前半に活躍したアメリカの医師で科学者、サミュエル・モートン。彼は、コレクションしていた人間の頭蓋骨に散弾銃の鉛玉を詰めて容積を測り、その値をもとに人類を人種別に五つの階層に分けた。

[写真]医師であり自然科学者だったサミュエル・モートンは、米ペンシルベニア大学で解剖学の教授もつとめた(Photo by GettyImages)医師であり自然科学者だったサミュエル・モートンは、米ペンシルベニア大学で解剖学の教授もつとめた(Photo by GettyImages)

階層の頂点を占めるのは、もっとも脳の容積が大きい白人。その下に東アジア人、東南アジア人、アメリカ大陸先住民と続き、最下層に黒人を押し込んだ。奴隷制度によって繁栄していた当時のアメリカにおいて、モートンの主張は広く歓迎された。「科学」の名を借りた人種差別が公然とおこなわれていたのである。

現在、「人種」という概念に意味を感じている科学者はいない。どうしてもラベルを貼りたいというのであれば、貼れるものはただ一つ。我々はみな“アフリカ人”である。ホモ・サピエンスという種をそれ以上細かく区分するような遺伝的差異は、存在しない。

最新の遺伝学によれば、「人種」という従来の固定されたイメージは、まるっきり間違っているらしい。人類は先史時代から、我々が想像する以上に流動的で、集団間で盛んに遺伝子のやり取りをしている。西ヨーロッパ人の肌が白くなったのは、たった8000年前。それを引き起こしたのが中東の人々だったというから、驚きである。

一方で、我々の脳に「私たち」と「彼ら」を積極的に区別しようとする働きが備わっていることも、また事実のようだ。

fMRI(機能的磁気共鳴画像法)によって脳の活動をリアルタイムに観察してやると、自分と同じ(と被験者が考えている)集団に属する人の顔を見たときには、そうでない人間を見た場合と比べて、好感に関連する眼窩前頭皮質がより活発になるという。

重要なのは、この現象が本人の意識とは無関係に起きているということだ。残念なことだが、科学の光をあまねく灯すだけでは、この世界から完全に差別をなくすことはできないのかもしれない。