人工知能を制作してわかった「人間の条件」

「哲学2.0」の時代
三宅 陽一郎 プロフィール

現象学の大家であるフランスの哲学者メルロ=ポンティは、身体と知能について「我々は身体によって環境に住み着いている」と表現しました。我々というのは植物、動物、細菌まで含めてすべての生物という意味です。

メルロ=ポンティ

我々は脳を含む全身で世界を受けとめ、全身で世界に直面している、だから直面する世界に対して問題を抱え、問題を形作ることができるのです。世界に根付いていない人工知能は、世界との結び付きが希薄であり、世界に直面することなく、問題を抱えることもないのです。

東洋哲学と人工知能

ここまで読まれた方は、このように思うかもしれません。「そうは言っても世間ではすごい人工知能ができているみたいじゃないか?」。その通りです。しかしこれは、先に述べたような問題の中を全力疾走している知的機能なのです。世界に根付く方向の知的構成とはまったく違う方向なのです。

 

人工知能には「人工知能が世界に根付く」という垂直な方向と、「高速に知的機能を実現する」という水平な方向の2軸があることを知っておきましょう。すると人工知能というものの全体像が実に見えてくるのです。

どんなに高速で思考しても、それは知的機能の実行であり、世界に根付くことではありません。先に挙げた言葉で言えば、世界に自分を投与する(アポトーシス)行動です。生物が世界に根付くということは、自分の中心に降りて行き、その中心において世界と自分を結ぶことです。

これは、たとえば華厳哲学の「空」、唯識論の「阿頼耶識(あらやしき)」などの東洋哲学の教えでもあります。自分の内奥に降りて行くと外の世界と通じる境界平面があり、そこには世界そのものが映っている。そこは珈琲とミルクが混じり合うように、世界の流れと生物固有の流れが混じり合う場所でもあるのです。

そこは世界と生物が一体化しようとする流れであり、そのままでは生物は個を失い、環境と同化してしまうのです。このような、内側から知能が環境と一体化してしまう現象を押し留めているのが、環境とつながりを維持しながらも一個の独立した存在として自己を保持しようとする自己形成(ホメオスタシス)の力です。

物質は環境に溶けてしまいますが、生物の身体は環境と溶け合いながらもその形、機能、組織を維持します。細胞は常にホメオスタシスとアポトーシスを繰り返し入れ替わりながらも、全体を維持するのです。このような生物の持つ全体的恒常性こそ、知能が世界に根付く力の源であり、生物と物質を分けるものなのです