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森友追及のジャーナリスト・菅野完氏に米警察から逮捕状が出ていた

「若き日の過ち」で片づけられるか

森友問題の追及では、膨大な資料を読み解き、疑惑の解明に先鞭をつけたジャーナリストも、自らの過去の清算については、「大甘」だった。「若き日の過ち」で片付けられるものではなさそうなのだ。本日発売の週刊現代で詳細を報じているその内容とは――。

「もう耐えられません」

テキサス州キリーン市警のロバート・バーク巡査が現場アパートに急行したとき、顔面が血だらけになった女性は、泣きながら床にへたり込んでいたという。加害者の男は、女性を介抱するでもなく、「凶器」となった電話機に付着した血を洗い流すべく、キッチンの流しに立っていた……。

これは安手の海外ミステリーの書き出しではない。著述家・菅野完(すがのたもつ)氏(43歳)が、21年前に米国・キリーン市警に逮捕された際、捜査報告書に記された内容だ。

 

この1年半にわたり、森友学園問題を追及してきた菅野氏の活躍にはめざましいものがあった。森友学園の塚本幼稚園の園児たちが「安倍首相がんばれ!」と発言する異様な動画を手に入れ、そもそもの発端を作り出したのも菅野氏だし、安倍昭恵夫人から森友への「100万円」寄付疑惑の根拠とされた振込用紙を入手したのも菅野氏である。

ベストセラー『日本会議の研究』では大宅賞読者賞も受賞した菅野氏の、ジャーナリストとしての活動には、本誌も敬意を払いたい。

菅野氏が追求した森友問題は日本中を巻き込む大騒動に photo by GettyImages

だが、この菅野氏に重大な疑惑が浮上した。

菅野氏には、米国で2度にわたる「女性暴行」での逮捕歴があり、刑事事件となっている。そして逮捕状が出ているにもかかわらず、いまも「国外逃亡中」の身だ—。

2度目の逮捕では、裁判所に出頭しないまま国外逃亡を果たしたため、この逮捕状は現在も有効である。その重大性に鑑み、プライバシーにも配慮したうえで、現地警察の捜査記録や員面調書、テキサス州ベル郡の裁判所での公判記録など多数の資料をもとに、菅野氏がいかにして「逃亡犯」となったかを記そう。

冒頭の事件は、「第1の犯行」である。キリーン市内のセントラル・テキサス大学(2年制)に在籍していた菅野氏は、まだ22歳。ガールフレンドだったのが、交際1年になる同級生の日本人・A美さん(当時20歳)だった。

'97年8月27日、夜7時頃、菅野氏のアパートで事件は起こった。

6ヵ月前にも似たようなことがあって、彼の暴力で指を怪我しましたが、もう耐えられません。顔を怪我し、鼻の形まで変わってしまった

と直筆で綴られるのは、当時A美さんが警察に提出した上申書だ。何が起こったというのか。

彼の電話料金を支払えと言われたんです。私は彼の電話を使うときは、必ず彼の許諾を得たうえで、フリーダイヤルだけを使っていたから、料金を支払ういわれはないと拒否した。すると、彼は私に電話料金の請求書を投げ、さらに電話機を私の顔に投げつけたんです。それで大量の血が鼻から流れ出ました。警察を呼ぼうとしましたが、彼は電話機をとりあげ、何度も私を叩き私を押し倒したので、私は叫び声を上げて隣人に助けを求めたのです」(上申書より)