写真:共同通信社(瀬島龍三)

昭和の怪物たちが我々に教えてくれる「歴史の闇」

歴史はなぜ見直され続けるべきなのか

天皇と歴史

平成という時代が終わろうとしている。

近代日本の天皇制は、「終身在位」「男系男子」という二つの柱によって支えられてきた。

むろんこれは「近現代」に限ることであり、それ以前は生前退位はとくに珍しいことではなかったし、女性天皇とて歴史上には存在している。

あえてこの二つを法的体系のもとで縛ったのは、天皇が大日本帝国憲法上の主権者であり、軍事的には大元帥という最高権力と権威を体現する存在であらしめるためであった。

 

今上天皇は二〇一六年八月に、「終身在位」という制度上のあり方について、これは過酷すぎる制度であるとの実感から、変えてほしい旨の意思表示を行った。

いわゆるビデオメッセージによって、ご自身の考え方を明確にしたわけである。

これまでの天皇の立ち場から考えると、とても想像できないことだった。

それゆえに私は、あえて「平成の玉音放送」とか「平成の人間宣言」と評したのである。

これは近現代天皇制のもっとも大きな出来事ではないかと、私は考えている。

歴史はゆっくりと動いている

歴史は日々ゆっくりと着実に動いている。

それが私の率直な実感であった。

日常の日々の中ではその動いていることはわからないが、一定の時間を経てみるとその本質が見えてくる。

それは、そのときどきに歴史にかかわった人たちの姿が、歴史という視点の中で捉え直されるということでもある。

昭和という時代が過ぎ去ってからすでに三十年を経た。

太平洋戦争が終わってからは七十年余も経ている。昭和の戦争という体験は、もう同時代とはいえなくなっている。

同時代には見えなかった部分、あるいは歴史の枠組みに組みこまれることになって、初めてわかってくる部分、そのような部分が少しずつ明らかになっている。

そして意外なことにも気づかされる。