しかし、プロジェクトメンバーが激論を重ねているうちに、「部品をバラバラに配置する」というアイデイアが浮かんだのです。
残された空間として浮上したのが、「組み上げた歯車が互いに擦れ合わないように確保されているほんのわずかなスキ間」でした。
歯車の厚みは0.1ミリメートル、直径でも3.5ミリメートルしかありません。そのスキ間にステーター、ローター、コイルを張り付けようという、正気の沙汰とは思えない発想です。
もともと、使えないデッドスペースとして残っていた空間に部品を配置し、かつ歯車同士が接触しないだけの空間を残さなければならないのですから、作業は困難を極めました。
コンピューターを駆使し、ミクロン(1000分の1ミリメートル)単位で使える空間を割り出し、並行してそこに定位置を占めていた歯車の厚みをギリギリまで減らし、新たに「バラバラ・モーター」の格納スペースを捻り出したのです。
こうして完成したのが、世界初のクオーツウオッチ「セイコー クオーツアストロン 35SQ」でした。
そして、バラバラに配置されたモーターは“オープンタイプ・ステップモーター”と呼ばれ、時計業界に大きな衝撃を与えたのです。

クオーツウオッチを世界に広めた特許戦略
「35SQ」の発売後、他社でもクオーツウオッチの開発は加速しましたが、変換機構は厚い壁となって立ちふさがりました。
各社からの特許の許諾依頼が相次いだことから、セイコーグループはクオーツウオッチの普及のため、特許を有償で公開することを決めました。
その結果、内外の時計メーカーはいっせいにクオーツウオッチの製造に踏み出し、クオーツの普及は一気に加速したのです。

このように、日本で生まれた“オープンタイプ・ステップモーター”は、世界のスタンダードとなったのですが、誕生してから半世紀が経過した今でも、この方式に代わる変換方式が登場しないのは、いかに「常識破り」の発明だったかを示しているように思います。
「常識に捉われない発想」と「確かな技術」の組み合わせが、技術の革新を呼んだのではないでしょうか。