“コミュニティ”は現代の孤独を救うことができるか

“コミュニティ”とは何か【後編】
田丸 尚稔 プロフィール

「はあちゅうサロン」のメンバーは、女性が多めという傾向はあるようだが、しかしそのバックグラウンドは非常に多様だ。

オンラインという空間は、申し込みページからクリックしてお金を払えば入会できてしまうし、リアルなイベントは場所を限定するけれど、メインとなるFacebookページでのコミュニケーションは時間も場所も問わず、参加条件の制約は少ないから、自ずと様々なタイプの人が集まっている。東京だけでなく日本全国各地にメンバーがいて、さらには私のように海外に拠点を置く者もいる。

実際に参加してみて、時差は当然あるのでリアルテイムでのコミュニケーションはやや取りにくいものの、オンライン上には情報がストックされ、過去の内容を振り返ることはいつでもできるのでほとんどストレスはなかった。

また、たとえばFacebookに集まった情報が大量になった際には、見やすいようにサマリーをまとめてくれるグループが現れたり、あるいは情報を整理し、新規加入者でも見やすいようにレクチャーを行う機会を作ったりと、それらが“自主的に”発生しているのも注目に値する。

何かを学ぶ場でもあるのだろうが、私にとっては、オンライン上に「場」が発生し、コミュニティが運営されていることの方が興味深かったし、時間と距離を問わない在り方は、今後の拡大、発展のポテンシャルの高さを大いに示していた。

「はあちゅうサロン」の会員は500名程度。しかも多様な人が集まっているとなると、やはりコミュニティ内のストレスのようなものは発生する。

よかれと思って投稿した内容が、ヒンシュクを買うこともあった。しかしその場合は、あーだこーだと、言葉を尽くしてコミュニケーションを取っていたのがとても印象的だった。

友人どうしなら、一言で済むかもしれないことに、言い方をさまざま変えてみたり、補足説明をしたり、あるいは別の人が違う視座を持ち込んだりと、一つの投稿に数百のコメントが付いたりした。SNS上であれば“炎上”と呼ばれるような現象は、参加者のコミュニケーション能力が上がる、ポジティブなものだったと私は思っている。情報が垂れ流されるSNSとは違い、そこはコミュニティであり、解決へと向かうというゴールを共有しながら、多様な意見が交わされるのはとても健康的だった。

 

国は違えども、チームとしての一体感

もう少し、コミュニティ内での“わかり合えない”ことに対する実践的で理想的な態度はどのようなものか、考えてみたい。IMGアカデミーのゴルフ部門を見ると、そのヒントがあるかもしれない。

所属する生徒たちは、新しい年度が始まる時にチームの一員としてゴルフバッグが配られる。そこにはIMGアカデミーのロゴとともに、出身地の国旗が刺繍されている。これは“国を代表している”というモチベーションアップに繋がっているのだが、同時に、それぞれのナショナリティを視覚的に訴える、つまり“違い”を認識させることになる。ただ、同時にIMGアカデミーのロゴも付いているのがポイントで、国は違えども、チームとしての一体感も味わうことになる。

写真:著者提供

コミュニティに属するメンバーであること。同時に、個別的であること。コミュニティ内で同調を強要するのではなく、多様性を認め、“違う”ことをポジティブに受け止めること。競争的であると同時に安心感も持てる空間に身を置く生徒たちが成長していく姿を見ていると、その環境こそが人を育てる大きな要因になっていることがよくわかる。

オンラインサロンには、まだこのような態度は確立されてはいない。わかり合えないことが“多様性”とポジティブに変換される前に、退会する人も多く見た。ルール作りも急ピッチで行われているが、それが多様性の担保ではなく同調を強いるものもあったりする。

とはいえ、サロンが誕生してまだ数ヵ月という期間を考えれば、ここまで変態した驚異的な成長のスピードは、今後もコミュニティをさらに発展させ、いずれ理想的な場になっていくのは間違いないだろう。

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