なぜアメリカ人はそれでも「政権批判Tシャツ」を着たがるのか

日本では考えられないが…
海野 素央 プロフィール

「顔」の日本、「言葉」のアメリカ

それにしても、なぜ欧米では日本と違って、政治的信念の表明やメッセージの発信手段として、これほど「政治Tシャツ」が用いられるのでしょうか。

もっとも大きな理由は、日本の政治では政治家の「顔」が重要視されるのに対して、欧米、特に米国では「メッセージ」が重要視される点にあると考えられます。

周知の通り、日本では選挙ポスターには候補者の「顔」が何より大きく印刷されます。一方、米国の選挙ポスターには候補者の顔はないか、さほど目立たず、名前とシンプルなメッセージが主体です。例えば、トランプ陣営のポスターには、「米国を再び偉大な国に(MAKE AMERICA GREAT AGAIN)」と書かれていましたし、クリントン陣営のポスターには、「ともに強くなろう(STRONGER TOGETHER)」というロゴが入っていました。

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政治Tシャツにも、候補者の顔がプリントされているものももちろんありますが、やはり重要なのはメッセージです。米国の選挙では、有権者に対する「メッセージの浸透度」が勝敗を大きく左右するのです。

その点で、少なくとも米国においては、Tシャツは非常に有効な政治アピールの手段になるといえます。大きなコストをかけずに自陣営のメッセージを拡散することができますし、Tシャツを着た支持者や賛同者が移動してくれるので、「歩く広告」として、固定された広告や掲示板よりも広範囲にアピールしてくれるのです。

 

自陣営の「クリエイティビティ」をアピールできる点も、忘れてはいけません。

筆者が研究の一環として、2012年の大統領選でオバマ陣営に参加したときには、「寿司好きのオバマ支持者」とプリントしたオリジナルTシャツを作りました。オバマ氏の顔とマグロやウニの握りの写真が入ったTシャツを着て、南部バージニア州にあったオバマ選対に通ったものです。当時、少なからぬ選対関係者から、「それ、私も参加したい」というリアクションがあったので、Tシャツのメッセージのインパクトは確かにあったと考えています。

メッセージ性が高い「政治Tシャツ」は、米国においては有権者の意識を高め、政治参加を促す上で重要な役割を果たしています。トップダウンではなくボトムアップ、草の根の政治運動においてその傾向は特に顕著です。日本でも、洒落のきいた「政治Tシャツ」が多くの人に親しまれる日が、いつの日か来るのでしょうか。