日本の憲法学者が分析したがらない「砂川事件の3つの神話」を検証

事態はかなり深刻かもしれない…
篠田 英朗 プロフィール

砂川事件の神話1
田中長官は、米国大使と本当に密談していたのか

今回の特別抗告は、再審に値する新しい特別な事情が生まれた、という主張がなされたことによって始まった。

その事情とは、公開された米国の外交文書の中で、当時の駐日米国大使が田中耕太郎最高裁長官と接触していたことがわかった、というものだった。

米国は、厳密な意味では砂川事件の当事者ではないが、日米安全保障条約の合憲性が問題になった裁判の性格からして、重大な関係者であったことは確かだろう。

したがって最高裁長官と米国大使は、特別な慎重さをもって砂川事件についてふれるべきだ、という見方は、正しいだろう。

他方、米国は、三権の長である最高裁長官が外交儀礼上の交友を求められる相手方であり、適度な範囲の接触まで問題視されるべきだということはない。

したがって、田中長官が、砂川事件について、どのように、どの程度まで、米国大使と会話していたのか、ということが、問題になる。

田中耕太郎〔PHOTO〕Wikimedia Commons

たとえばメディアの中には、「当時の田中耕太郎・最高裁長官が、米国側に裁判の見通しなどを伝えたとする米公文書が2008年以降に相次ぎ見つかった」といった表現を使うものもあるが、あたかも田中が判決内容を事前に米国に告知したかのような印象を与えかねない点で、正確を期したものだとは言えないだろう(朝日新聞デジタル「砂川事件、最高裁も再審認めず 元被告らの特別抗告棄却」)。

「2008年」に、ジャーナリストの新原昭治氏が、国立公文書館で、砂川事件について関係のある当時の駐日米国大使からの公電文書などを発見した。さらにジャーナリストの末浪靖司氏や布川玲子・元山梨学院大学教授らによって、研究が進んだ。その成果は、非常に貴重であり、興味深い内容を含んでいる。

だが、田中長官が、裁判内容について米国大使に相談した、と言えるわけではない。その点については、特別抗告を棄却した、東京高裁および最高裁の判断が、妥当だ。

田中長官は、1959年8月初め頃に、「共通の友人宅」における在日米国大使館の首席公使との会話で、砂川事件の判決は12月になるだろうと語った。そして世論を揺り動かすような少数意見が出ないような形にしたいとも語った。

また11月初めにも米国大使館員と田中長官が「短時間の非公式会話」を持ち、そこで田中長官が判決は新年初めまでには出るだろうが、確証はできないと語った。

また田中長官は、裁判官たちが共通の土台にもとづいて判決を出すにあたり、手続き的(procedural)、法的(legal)、憲法的(constitutional)問題の調整が必要になるようなことを示唆したとされた。

興味深い内容ではある。しかし、これだけをもって、田中長官が恐るべき行動をとっていた、とまで脚色して語るのは、やりすぎだ。