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日本の憲法学者が分析したがらない「砂川事件の3つの神話」を検証

事態はかなり深刻かもしれない…

「砂川事件」とは何だったのか?

7月18日、最高裁は、砂川事件の特別抗告を棄却した。私としては、棄却は妥当だと考える。

ただマスコミの記事だけをみると、不審な気持ちを持つ人も多いかもしれない。あたかも裁判所のほうが政治的に偏向しているかのように伝える記事が少なくないからだ。

確かに、砂川事件の1959年最高裁判決は、歴史的に論争を呼んできた。しかもそれは、2015年の安保法制の際に、いっそう政治運動的な視点で見られるようになってしまった。

安保法制を推進した自民党の高村正彦副総裁が、砂川判決は集団的自衛権を認めている、という趣旨の発言をしたことに、有力な憲法学者が一斉に反発したのだった。

高村正彦・自民党副総裁〔PHOTO〕gettyimages

たとえばある憲法学者は、「高村には、もとより、自説が天に唾することになるとの意識はなさそう」だが、それは「事案に即した判決の理解でないことは明白」だと主張した。

そして砂川判決は、あくまでも「『固有の自衛権』たる個別的自衛権の存在を確認した」だけのものだ、と主張した(高見勝利「砂川事件最高裁判決、田中補足意見、『必要最小限度』の行使」奥平康弘・山口二郎『集団的自衛権の何が問題か:解釈改憲批判』[岩波書店、2014年]、162、177頁)。

もっとも別の憲法学者は、安保法制に強く反対しながらも、「『固有の自衛権』に個別的自衛権が含まれていると解するのは、判決の射程を超える」などと言っていた。要するに、憲法学者らも学術的見解でまとまっていたわけではなかったのである。

集団的自衛権は合憲だと答申した安保法制懇談会の国際政治学者らを、「戦前の軍部の発想に限りなく接近」した「背広を着た関東軍だ」と呼び、毎度お馴染みの「いつか来た道」レトリックで糾弾する運動で、大同団結していたにすぎない(水島朝穂「集団的自衛権が憲法上認められない理由―「背広を着た関東軍」安保法制懇の思考」『集団的自衛権の何が問題か』125、151頁)。

ただしその余波は続いている。

砂川事件最高裁判決を客観的に分析しようとする勇気のある憲法学者は、もうなかなか現れないだろう。

うっかり学会大御所の逆鱗に触れる砂川事件の理解でも述べようものなら、憲法学者としての生命を絶たれてしまうかもしれない。

だが本来は、砂川事件最高裁判決は、そのようなイデオロギー闘争の中で使い捨てられるべきものではない。むしろこの機会は、ほんとうの砂川事件最高裁判決について、客観的に考えみるべきではないだろうか。

憲法学者が委縮してやらないとすれば、国際政治学者であっても、あえてやってみることに意味があるだろう。