画/おおさわゆう

恥ずかしくて人には言えないケガの理由も、診察すればすぐにバレます

覆面ドクターのないしょ話 第25回
友人が新婚間もない頃、奥さんが家の中で目測を謝って壁に激突し、鼻の骨を折ってしまいました。そんなおっちょこちょいには見えない落ち着いた感じの奥さんだったので、彼をよく知らない人は、彼のDVを疑いました。奥さんがそれを否定すればするほど、周囲は疑うというかわいそうな展開でした。今回は、お医者さんは、ケガの状態からその原因を類推する受傷のメカニズムについて詳しいというお話です。

ケガの状態から原因が見える

外来を訪れる患者さんのケガには、様々な特徴がある。私は傷を見ながら、まるで刑事ドラマみたいに、ちょっとした推理を働かせてみる。

 

たとえば、ある人が左の人差し指の皮膚を誤って包丁で削いでしまったとする。この場合、利き腕はどちらだろうか? そう、右利きだと考えるのが妥当だ。しかも包丁をまっすぐに構えていても、左手は斜めに置くから、指先は斜めに切れる。これが受傷のメカニズムだ。

うちの病院に、右手の指をケガして受診した患者さんがいた。付添人が代理で書いた問診表には「包丁でケガした」としか書かれていない。普通に考えれば患者さんは左利きのはずだ。問診してみると左利きではない。しかも傷の方向が斜めではなく真横に切れている。こうなると患者さんの自己申告と受傷のメカニズムに矛盾が生じていることになる。

実際には、業務中に裁断機でケガしたことが判明。いわゆる「労災隠し」だった。

別の患者さんの問診表。「機械に挟まれて手をケガした」と書かれていた。機械に挟まれて受傷した場合、組織の損傷は激しくなりやすい。しかし、来院した患者さんの傷はクリアにスパッと切れていて、油が一滴も付着していない。受傷のメカニズムに矛盾がある。ケガしたのは小指。付添人に、

「指、丸めろよ。くっ付けるんじゃねぇぞ、ボケ!」

と怒鳴られた。頭はパンチパーマ。

「あっち系の人が落とし前つけたのかぁ……」

と私は納得するのである。

あるとき、顔を擦りむいた患者さんが来院した。問診表には、「昨日の夜」と書かれたのみ。たぶん転んだのだろう。

転倒してケガをする場合、一般には「かばい手」が先に出るはずで、顔から落ちる人は普通いない。いるとしたら、それは力士だ。力士は「手を土俵についたら負け」なので、顔から落ちる稽古をしている。普通の人が顔から落ちるのはどんなときか……それは酔っ払っているときである。

もじもじして落ち着きのない患者さんに、看護師が耳打ちする。

「酔ってたの?」
「ゲッ! ……わかるの?」

次の話は、ある大病院に勤務する優秀な医者たちの悲しくも笑える連続奇怪事件である。

最初の主人公は産婦人科の田中部長である。部長とはその診療科のトップである。田中部長はその晩、可愛がっていたかつての部下と久しぶりに再会し、嬉しさのあまりしこたま酒を飲んでしまった。

終電が行ってしまった後に見かける泥酔者。いつもその後どうなったのか気になります

終電を降りて自宅まで歩く間に事件は起きた。千鳥足がもつれて路上で転倒。額を強打し皮膚がパックリ割れた。顔のケガはかなり出血する。田中部長は泥酔していたから寝てしまい、倒れたまま動かなかった。

「人が血を流して倒れています! 死んでるかも!」

近くを通りかかった人が親切にも救急車を呼んでくれて、田中部長は総合病院に運ばれた。当然死んでない。検査の結果、脳には異常はなく、診断は「顔の裂創」と「急性アルコール中毒」。当直医によって額の傷を縫合処置され帰宅した。

翌日、外来診療している私を、誰かが守護霊のように柱の陰からのぞいている。

「……次郎ちゃん、ちょっと……診てくれる?」
「田中部長……どうしたんです、この額の傷は?」
「昨日、ちょっと……軽く転んじゃって……」

転んだのに手に打撲も傷もない。受傷のメカニズムに疑問が生じた。

そこに看護師が口を挟む。

「田中先生、飲んでたんじゃないの~?」
「バレた?」
「お相手はチャン姉?」
「チャン姉って……相手は医者だよっ!」

その日は消毒だけして終わった。

ところが受傷後2日目、傷から何やらおかしな体液が滲み出ていた。普通、処置後に滲み出てくるのは血液か黄色透明な体液なのだが、田中部長の傷から滲み出ていたのは、濁った褐色の体液だった。

「おかしいな……」

そう思って、傷の一部を抜糸して開放し、その中に洗浄用の生理食塩水を注射器で流し込んでみた。すると2,3個の小さな黒い粒子が流れ出てきた。

「砂!?」

変だぞ! 傷の中はどうなっているんだ? 縫われたばかりの傷だったが、疑念が晴れず、すべての糸を外して傷を完全に開いてみた。

「うわーっ!! 砂だらけ!」

何と、傷の中には多量の砂や泥がべっとりと付着していた。放置すれば感染症を併発する。局所麻酔をして、砂を一つ一つピンセットで丁寧に除去し、何度も何度も洗浄してきれいにしてから縫い直した。

田中部長の傷はどうしてあんなに汚染していたのだろう? その受傷のメカニズムとは?

私の推理はこうだ。

あの夜、田中部長は救急車で病院に運び込まれたものの、学会でも有名な医者だなんて、自己申告しない限り誰もわからない。当直医もどこかの酔っ払いだとしか思わなかったのだろう。よくあることだが、泥酔患者は救急室で暴れて治療に抵抗する。

「うちの会社は俺でもってるんだぞ!」

などと叫んだりする。

田中部長も酔って暴れたのであろう。あるいは嘔吐したかもしれない。医者は治療中、メスやハサミを使って処置するため、田中部長のように暴れると極めて危険である。

処置を邪魔し、危険行為をする不届きなオヤジだと担当医によって判断され、田中部長は一発レッドカード! 人道的配慮により、よく言えばてきぱきと、悪く言えば適当に縫われた後、医者に退場を宣告され、病院から追い出されるように家に帰されたのだろう。

砂だらけの傷を処置している間、うちの外科部長が、後ろのカーテンの隙間から覗いていた。そして、ぼそっと小声でつぶやいた。

ああなっちまったら、人間おしまいよ

田中部長の傷は、私の適切な処置の甲斐もあり(!)その後順調な経過をたどった。傷痕も全く目立たなくなったせいか、私が汗水流して治したことも田中部長は忘れてしまったようで、特に感謝もされなかった。