ある日突然、ほぼ全員が「無戸籍」に…沖縄戦後の驚くべき実態

女が男に、子供が大人に、偽装夫婦も…
井戸 まさえ プロフィール

戦後も「戸主」が…明治民法下で生きる沖縄

ヤエの「父」の除籍簿を見る。

そこにはヤエの「祖母」にあたる女性と、戸主である「父」から見れば「甥」に当たる人物が入っていて、ヤエが戸籍に入った当時、「祖母」は生きていたことになっている。

「甥」は1970年(昭和50年)に戸籍訂正の裁判許可を経て、戸籍の全てを消除している。「甥」は「男」としか書かれない非嫡出子だった。

ヤエは「祖母」も「甥」も全く知らなかった。もしかすると、「祖母」も「甥」も何らかの事情でこの戸籍に集合していたのかもしれない。

「あれ? ちょっと待って下さい。戦後なのに、なぜ『祖母』や『甥』が戸籍に?」

驚くのはヤエが手にしているこの「戸籍」が「家制度」そのものを著したものだった。

この戸籍が作られたのは「戦後」で、既に日本国憲法が施行された後にもかかわらず、「戸主」「前戸主」との表示や母や姪や甥といった明治民法下で示された「家」そのものが可視化された「戸籍」。

戦争に突き進む一因となった「家」制度を否定し、全ては新しく「夫婦とその子」だけで作られるはずなのに、なぜ沖縄だけが、この形式を踏襲せねばならないのか。

占領下の沖縄だけは戦後も明治憲法が通用していたのか。ニミッツ布告でいわれた通り、終戦時の法律がそのまま生きていたのだろうか。

米軍占領下とはいえ、日本国憲法を通用させず、よりによって戦争を生み出した明治憲法下に置くとは、米軍も何を考えていたのだろうか。

この件に関する長い間の疑問については、2017年に国会で「沖縄県における日本国憲法の適用開始の時点に関する質問主意書」が出されて、内閣の統一見解として答えが出ている。 

「昭和47年5月15日の沖縄の復帰前においては、日本国憲法は、観念的には同地域に施行されていたが、現実には、日本国との平和条約(昭和27年条約第5号)により米国が施政権を行使していたため、実効性をもって適用されることはなかったと考えている。

したがって、沖縄については、米国から施政権が返還された昭和四十七年五月十五日以降、日本国憲法の規定が実効性をもって適用されることになったと考えている」

戸籍が「家制度」を踏襲した記載になっていたことについてはどうであろう?

「沖縄の復帰に伴い、沖縄の復帰に伴う法務省関係法令の適用の特別措置等に関する政令(昭和47年政令第95号)第14条の規定により、復帰前の沖縄の戸籍法(1956年立法第87号)による戸籍は、戸籍法(昭和22年法律第224号)による戸籍とみなされたものである」

つまり、記載は明治民法で規定されている「家制度」のままだが、それは戦後の戸籍と「みなされたもの」との判断をしている、と。