阿曽山大噴火が振り返る「私がみた麻原裁判」

言わずもがな、と思っていたけれど
阿曽山大噴火

実際に見た麻原

記者「法廷での麻原の様子はどんなかんじですか?」
阿曽山「はじめて傍聴したときは、こっちの方、見て手を振ってたんですよ。この頃の公判だと、証人尋問中に、念仏、マントラ唱えたりして意図的に邪魔してました」

このエピソードは記者に食いついてもらえなかったので、質問はされなかったんだけど、追記しておくと、当時の私はスキンヘッド。被告人は私を信者と勘違いして傍聴席に手を振ったんじゃないかなぁと。だから、多少は目が見えていたのではないかと。

記者「裁判が進まないよう邪魔しているという感じですか?」

阿曽山「そこまで妨害するわけじゃないですけど、証人尋問のときは喋っちゃいけないわけで、不規則発言を繰り返して、裁判長からは“黙っといてねー”みたいなことを言われて」
記者「オーラ、ありましたか?」
阿曽山「オーラって何ですか?」

記者「しょぼくれた感じなのか、教祖としての雰囲気はあったのか」
阿曽山「ワイドショーとかニュース映像のイメージしかなかったので、その頃はそのままといえば、そのままで」
記者「松本智津夫はモゴモゴ言って邪魔する以外には、何も喋らない?」
阿曽山「う~ん、時期を特定して訊いてもらった方がいいと思うんですけど、被告人質問の頃は何も喋らなくなってましたよ」

 

私が実際に見た1999年~2002年くらいまでは前述のとおり、多少喋ってました。証人尋問中に急に立ち上がって、「疲れた」と言ったり、「こんな裁判終わり」と口走ったり。それ以前、私が傍聴を始める前の頃は、証人を威圧するような発言や、共犯者の裁判に証人として出廷した際に宣誓を拒むようなことを言ったりというのは報道や書籍に書いてあるから知ってるけど、そこまで文章として長々と何か発してるのは見ていないんです。

後は、本人が不規則発言ではなく堂々と喋れる場である、被告人質問のなんだけど、「裁判大噴火」を読み返しても、被告人質問では弁護人が入れ替わり立ち替わり、一方的に話しかけるだけで、被告人は一言も喋らずにたまに体を動かしているだけどいう時間の無駄遣いのような被告人質問なんだけど。 

記者「裁判が行われたのは、何年くらいまで行われたのでしょう。どれくらい見ていたのですか?」

まるでクイズの出題のようなのだけど、人間は非常に忘れっぽい生き物で、今回の死刑執行後、麻原以外知らないんだけどとか、法務大臣の会見で罪名の多さを改めて知ったなんて言ってるひともまわりにいたし。だから、松本智津夫被告人の裁判は2004年まで行われていたなんてことは知らないのは無理もない。実際、被告人質問以前は傍聴券の抽選なんてずーっと定員割れだったわけで、人の興味というのもその程度。記録によると、最少傍聴人は14人らしい。

大きな事件や災害の記憶やそれが与えた教訓というのは言わずもがな、誰の胸の中に根付いているのかと思っていたけど、言われなきゃ忘れてしまうのだと再確認。何の足しにもならないかもしれないけど、私は同じことを訊かれ、同じことを答え続けるのだろう。

記者「死刑判決が出て15年くらい。死刑執行についてどう感じましたか?」
阿曽山「やっとと言えば、やっとだし、早いといえば早いし。共犯者の刑確定から、半年というルール。高橋克也の判決が確定して半年ちょっと過ぎましたけど、ルールに則って行われたわけですしね。ただ、松本智津夫は被告人質問では全く喋らない状態だったので、健康な状態で死刑を執行するというルールがあるわけなので、あの状態からでも人は回復するのだなと思いました」
記者「回復してるかんじとは思えないですよね」
阿曽山「そこは知らないことなので」

記者「そんなに酷い状況だった?」
阿曽山「医者じゃないのでわからないけど、素人目にも精神的に普通じゃない、健康的な精神状態じゃないなぁと」
記者「もし、回復しないで執行されていたら、おかしいと?」
阿曽山「まぁ、それを言い出したら、死刑確定から6ヵ月以内に執行された死刑囚って何人いるんだって話もあるので、死刑の執行ってルールは守られていないかもしれませんね」

記者「7人同日の執行については?」
阿曽山「オウムの残っている人もビクビクしますよね。プレッシャーを与えるというか。東京オリンピックが近づいてきて、いろんなことを世界の基準に合わせようとしてるじゃないですか。タバコの喫煙場所とか、セクハラに対する意識とか、いろいろ。死刑って、世界的に減少傾向にある刑罰なんですよね。それを7人同日執行となれば、そりゃ世界的に報じられますよね。そういうあべこべなところが面白い国だなぁとは思います」

松本智津夫、早川紀代秀、井上嘉浩、新実智光、土谷正実、中川智正、遠藤誠一の死刑が執行された7月6日。私は東京都足立区にあるアレフの施設前に向かった。ラジオの生中継のためである。

興味や問題意識があるなら、もっと前に来て取材すればよかったのだろうけど、ここに来るのははじめて。執行直後なので、マスコミもたくさんいたけど、1日経てば誰もいなくなるのだろう。

自分を棚に上げるつもりはない。私も忘れっぽいひとりなのだ。