クレプトマニアとは、経済的理由ではない衝動によって他人の物を盗みたくなる精神的症状をいい、日本語で「窃盗症」と訳されている。
精神疾患の国際診断基準である「DSM-5」は、クレプトマニアの生涯有病率を「0.3~0.6%」としている。よって、決して珍しい症状ではない。
およそ150人から300人に一人の割合なのだから、あなたの身近にクレプトマニア状態の人がいるとしても、まったく不思議なことではない。
また、クレプトマニアが窃盗に走る動機は、職を失い、預貯金が底をつき、店頭に並んでいるパンを持ち去ってしまうというものとは違う。足りない生活費を埋め合わせようと、ネットフリマなどで高く売れそうな流行の品物を狙って、盗みを繰り返すというものでもない。
クレプトマニアの人も、「殺めるなかれ、盗むなかれ」といった、社会の基本的なルールは理解している。では、クレプトマニアはなぜ万引きを繰り返すのか。
あえて「患者」という言葉を使うが、クレプトマニア患者が犯す万引きには、じつはいくつかの大まかな傾向を読みとることができる。
たとえば、クレプトマニアは、女性の占める割合が高く、ほとんどが単独犯である。
さらに、窃盗以外、法を冒す行動を一切しない傾向が強い。
また、法を冒すリスクの高さに見合わない、数百円から千円程度の食品や生活雑貨などを盗んでしまう。その点で、「タダで仕入れて高く売る」転売を目的とした職業的な万引き犯とは大きく異なる。
「この世にあるすべての物は、自分の物である」といった妄想的確信や、「神のお告げによって盗めと命じられた」という幻聴に従って万引きをするわけでもない。クレプトマニアは、躁状態や反社会的人格障害などとも区別されなければならない。
一方、注目すべきは、他の精神疾患と合併しやすい傾向である。特に、摂食障害(拒食症)とクレプトマニアの深い関係が指摘されている。
摂食障害は、過剰なダイエットの結果として引き起こされることが多い。女性たちがスリムな体型の芸能人やファッションモデルなどを見て、「自分もああいうふうになりたい」と切望し、無理に食事を抜くなどして、「理想的な体型」を獲得しようとする。
周囲から「ちょっと痩せた?」と言われれば、当の本人は自信が付いて、さらなる減量に励む。女性だけでなく男性の中にも「もっと痩せたほうが可愛いと思う」などと、悪意なく指摘してしまう人がいる。それでどんどん、ダイエットの深みに嵌まり、やがて身体が食べ物を受け付けなくなる異常をきたすのである。つまり、摂食障害は、特定の文化圏内で常識として支配する「理想的な体型」が引き起こす、一種の現代病といえるかもしれない。