ZOZO前澤社長がいま明かす「私の幸福論、仕事の哲学」

起業から20年の節目に
中原 一歩 プロフィール

誰もやっていないことをやればいい

――音楽に没頭することに両親は反対しなかったのですか?

前澤:進学に期待していた両親は泣いたと思います。つい半年前に「早稲田に合格した」って家族で喜んで、「これで大学も安泰だね」なんて言っていたんですよ。それが突然、学校には行かないと言い出す。しかも、毎日、部屋からは大音量の爆音が聞こえてくる。髪型も変わるし、格好も日増しに派手になる。「お母さん、刺青入れたいんだけど」と言って、真顔で「ダメよ」と却下されたことも。そもそも母親に聞くもんじゃないですよね(笑)。

とにかく、仕事で稼いだお金で楽器を買ったり、スタジオを予約して練習するなど音楽漬けの毎日でした。当然、学校には行かなくなります。親に学校を辞めたいと言いましたが、「頼むから高校だけは卒業してくれ」と頼まれて、なんとか思い止まったんです。

――学校とバイトと音楽を両立していたということですね。

前澤:そうです。幸運にも僕の考えを理解してくれる先生に出会ったんです。考えてみるとユニークな高校生でした。バイトがある日は、朝起きると自宅からまず学校に「今日は建設現場の仕事に行って来ます」と電話を入れるんです。すると、その先生が「分かった。気をつけて行ってこい」と。そのうち「来れない日はちゃんと先生に連絡しろ。連絡さえすれば何とかしておくから」と配慮してくれて……この先生のおかげで僕は卒業することができたんです。

 

――学費が払えない苦学生ではなかったんですよね?

前澤:いや、違います。アルバイトはただの校則違反です(笑)。今だから言えますが、実際に出席した日数は半分弱。3年生の時は、1年の3分の1しか登校していません。その上、早稲田実業は学ラン着用が義務なんですが、それがどうしても嫌で、私服で通ってました。なにせ入学式に赤いスニーカーを履いて参加して先生を仰天させましたから。

ただ当時はまだ、そんな破天荒が許された時代でした。先生が言うには、何でもいいからとにかく学校には来いと。来てさえくれれば、何とかしてやると。進学校ではありましたが、僕がしっかり働いて、自分の夢である音楽に打ち込んでいることを先生たちが知っていたんです。

そんな夢に没頭している生徒を応援するのも学校の役割じゃないかっていう先生と、いやルールはルールです、と譲らない先生とが職員会で議論になったそうですが。いい先生に恵まれたことには感謝しています。だから、今では早実出身ということを大々的に宣伝してますよ(笑)。

――あらゆる競争に加担しないという信念は、会社を経営し、成長させてゆく中でも揺るがなかったのですか?

前澤:揺るぎませんでしたね。ビジネスの世界でも、競争をしない方法はありますから。

手っ取り早い方法としては、誰もやっていない分野を見つければいいんですよ。そもそも誰もやったことのないことを最初にやれば、そこは競争のない世界ですし、初めてのことをやれば多くの人が興味を持ってくれて、事業は広がっていきます。

ファッションのネット通販に乗り出した時もそうでした。当時、いくつかの洋服を売るサイトはあったのですが、自分たちが好きなブランドは扱ってなかった。それに僕はお店に洋服を買いに行くのが面倒なタチだったんです。雨の日に買い物ってウザいじゃないですか。だったら、通販でいいじゃんって。誰もやってないし、誰かと競争する必要ないし、じゃあ、やろうと。

そうしたら、やっぱり売れたんですよね。レコードの通販も、当時、新宿西口のマニアックな老舗のレコード店にも置いていないものを、世界中から輸入してました。当然、誰も持っていないので売れるんです。どこにも売っていないので。誰も持っていないものを売る、やっていないことをやれば競争は起きない。簡単な理論ですよね。

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