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『野心のすすめ』と新書の魅力——私のエッセイがなぜ新書で

現代新書 特別エッセイ「自著を語る」

書店の娘だから、気になってしまうこと

書店の新書の棚には凝縮された「知」の世界が広がっています。

たとえば、キリスト教について知りたいと思い、関連する本を探していたとします。

これは初心者にもわかりやすそう、と目的の本が見つかって、ふと隣を見ると、源氏物語や枕草子などの古典の世界、そのまた隣には科挙に宦官、メディチ家やフランス革命、果ては歌舞伎、ラーメン……ああ、これも面白そうだなぁと、最初の目的を忘れて次々と手に取ってしまう。

限られたスペースに、入門者にもわかるように工夫された知と教養が集結しているのです。それらを安価な価格で取捨選択できて、自分の世界が広がっていく贅沢な喜びこそ、新書の魅力なのだと思います。

 

山梨の小さな店ではありましたが、書店の娘として生まれ育ったせいでしょうか、デビュー作『ルンルンを買っておうちに帰ろう』から30年以上経った今も、書店に行くと自分の本の置かれ方が気になって仕方がありません。

自著の新刊が地味に扱われていたりするのを目にするにつけ傷ついたり、ということをずっと繰り返してきましたので、精神衛生上、なじみの書店以外にはあまり伺わないようにしています。書店を好きすぎるがゆえに屈折した心を抱えているんです。

でも、その反動で、地方の書店へ講演やサイン会などに行き、店内に入らざるをえなくなると、わざわざ現地で本を大量購入してしまいます。

『野心のすすめ』が2013年のベストセラーとなり、私がたいへん光栄に思っているのは、多くの方に読んでいただいたということはもちろんですが、先人の「知」がひしめいている新書の棚に、自分の本を長く置いていただけるのではないか、ということ。

それは人並み以上に書店を愛してやまない私だからこその喜びでもあります。

しかし、実は、自分が新書の著者になるということは、まったくというほど考えていませんでした。

新書とは、やはり入門書とはいえ教養書であり学者さんの本だという思いが強くありましたし、作家として自分は小説とエッセイを書き続けていくことしか頭にありませんでしたから。