甲子園連続出場を狙う「偏差値70の彦根東」強さの秘密

強豪大阪桐蔭との公式戦戦績は1勝1敗
松永 多佳倫 プロフィール

3年の夏にかける思いは、周囲が引くほどに熱い

「別に特別なことはしてないです。公立ですから選手を引っ張ることはできないし、与えられた環境と選手たちでやりくりするだけです。決して強くはないです」
 
淡々と話す村中監督だが、精悍な顔付きからは揺るぎない自信が伺える。

平成13年から彦根東で指揮を執る村上隆之監督

「文武両道って言いますけど、ウチは“文武同道”です。勉強も野球もやることは同じという意味で、私は“文武同道”と選手たちに言っています。ひとつの歯車が動いていれば、それがどんどん波及していくんです。

ウチの野球部の目的は、甲子園に行くことではないんです。甲子園に行くことはあくまで手段であって、最終目的は、人のために身を呈して力を捧げられる大人になること。

だからといって、甲子園を狙わないということではない。絶えず甲子園を狙いながら、甲子園に行くことで満足するのではなく、甲子園でも勝てるチームを作っていかなくてはならない。球児たちは、3年の夏のために高校野球をやっているといっても過言ではない。その夏にかける思いは、周囲が引くほどに熱く、ほとばしるものがある。

同級生と一緒に戦える最後の夏。この夏が終われば、上のレベルで野球を続けるにしても、チーム内ではいろいろな年代が混合していくため、同級生同士が一体になって一緒に最後までやっていくという感覚は薄れていく。だから、高校野球は同年代でやる最後の野球でもあり、特別でもあるんです」
 

 

高校3年間といっても実質2年4ヵ月。経過に満足せず、最終ゴールに向かって絶えず自分を律していくためには、毎日の積み重ねが大事であり、時間をうまく有効活用するかが鍵となる。

「ウチの場合、朝練はなくて代わりに朝に来て1時間の学習を義務付けてます。要は、一日のリズムをどう作っていくのか、時間の配分を自ら考えさせるのです。私立大に進む子は少なく、ほぼ全員がセンター試験を受けて、現役で国立大学を狙う、そういう学校なんです。時間の配分がうまくできなければ、野球をやりながら現役合格は絶対無理ですから」

たとえば与えられた練習メニューではなく、選手たち自身が考えたメニューで時間配分していくとしよう。この時間配分を自ら考えていくことにも意義があり、やがては血と肉となる。空間、時間を支配できれば試合には勝てる。勝負に勝つための必要な要素を知らず知らず日常の中で鍛えていっているのが、進学校の球児たちであるように思えて仕方がない。

「受験にしても主力のほうがやっぱり意識が高くなるみたいで、やらなあかんという使命感と自分のことだからできて当たり前という責任感がありますね。野球は生活とリンクしているといつも言っていますが、主力の子のほうが脳みその力を精一杯だそうとしますね。

受験勉強というのは非常に単純なことだから、余計に結果として出るんじゃないですか。主力じゃない子はどっかに甘さが出る。『まあ、できなくてもしょうがないかな』と妥協してしまう。でも主力はできなかったらあかんと思い、やると決めたらすると覚悟の決め方が違う。野球を引退してからの勉強の伸びはもの凄いですから」
 
確かに強豪校であればあるほど、レギュラーに居続けるプレッシャーは相当なもの。『仁義なき戦い』の菅原文太の名台詞「狙われるもんより、狙うもんの方が強いんじゃ」ではないが、レギュラーだからといって安穏としていたらあっという間に寝首をかかれる。もともと素養が高いレギュラー選手が毎日性根を入れて練習をし続け、引退後そのパワーをたちまち勉強に向ければ学力が右肩上がりになるもの頷ける。

「スポーツの世界では、周りのことによく気が付くほうが良しとされ、指導者受けもいいんですけど、集中力がある子は二度三度声をかけてやっと気付く。そういう子のほうが勉強はできるんですよ。何でもかんでも気が付くっていうのは集中しきれてない証拠。ピッチャーなんかは脇目も振らなない自己完結型だから成績が良い。そういったことを大人がうまく寛容してあげられるかどうか……」

子どもたちの能力は、大人が勝手に決めた枠に収まらない可能性をも秘めており、決して既成概念で見てはいけない。蕾を大きく咲かせるか、それとも散らしてしまうかは、大人の手にかかっていると村中監督は自戒を込めて叫んでいるような気がした。