豪雨被災地・真備町で、倉敷出身の編集部員が目にした現実

暑さと泥との過酷な闘い
現代ビジネス編集部

人手が足りない

灼熱の道をボランティアセンターへ歩いて戻る。ごくろうさまです、と声をかけられると、少しだけ気力が戻る気がする。昨日はまったく鳴いていなかったセミの鳴き声がやけに大きく聞こえる。

どの建物の軒先でも誰かが作業している。おおかた片付いているように見える家もあるし、手付かずに見える家もある。

泥だらけの酒瓶を、駐車場に綺麗に並べている店舗。窓ガラスが割れて泥が流れ込んだ無人の事務所。やるべきことがあまりに多いと思った。町はこれからどうなるのだろう。

 

岡山は雨が少ない土地柄だ。予報によると、まだ当分のあいだ晴れの日が続く。このまま炎天下で連日作業していては、高齢者も多い被災者の体力はもたない。なんとか休息をとってほしい。しかし私が接した人は誰もが、居ても立ってもいられないという表情で働き続けていた。

現地にいる間は見かけなかったが、真備には17日から自衛隊1000人が追加派遣されている。一方で、ボランティアは三連休の3割まで減っているという。

真備以外の被災地、岡山県内では総社市、岡山市、高梁市、新見市、井原市、浅口市、矢掛町の被災地域でも、人手と物資が不足している。広島県や愛媛県でも。要するに、すべての被災地でボランティアの手は足りていない。また実際に作業してみると、高圧洗浄機などの道具・機材もまだまだ必要だと感じた。

16日の夕方、東京に戻る前に倉敷の街に立ち寄った。美観地区を流れる倉敷川は、まだ緑に濁っていたが、それ以外は普段と何ら変わらなかった。真備町から10キロ離れた街は、いつものように穏やかだった。

一緒に作業をした男性で、私の実家のすぐ近所に住む人がいた。「岡山は災害が少ねえけえな、まさかこんなんなるとはなあ…」と漏らしていた。私も同感だ。岡山県民の防災意識は、決して鋭敏とはいえないと思う。それでも「まさか」は来る。

帰りの新幹線に乗っているあいだ、慣れない作業で痛めた手よりも、心の整理のつかなさばかりが気になった。品川駅に滑り込む直前、東京の夜景を遠くから眺めていると、どこか異国に迷い込んでしまったような気持ちになる。

ボランティアはそれぞれの日常へ戻れる。でも、被災者の日常はいつ戻ってくるのか?

テレビや新聞が報じなくなっても、自分に何ができるか考え続ける。限界を自覚しつつ、できる範囲で行動する。東京からは見えない現実があることを、どうにかして伝える。故郷を離れた私にできることは、今のところそのくらいしかない。