豪雨被災地・真備町で、倉敷出身の編集部員が目にした現実

暑さと泥との過酷な闘い
現代ビジネス編集部

「復興」の進み具合をパーセンテージで表せるなら、これで何パーセント進んだのだろう。ボランティアひとりにできることはあまりに小さい。私を含めて多くは素人で、体力もなければ経験もなく、時間もない。

明日も明後日もその次の日も、この酷暑の中、被災者は避難所から自宅へ通って、片付けを続ける。せめて心細さだけでも和らいでくれればと思った。

 

ヘドロとの闘い

翌16日も、15日と同じようにして真備へ向かった。集合場所のボランティアの数が減っているように見えた。午前9時半ごろにボランティアセンターに着くと、この日は8人ずつの小班に分かれ、前日とはセンターを挟んで反対側の地域へ、シャベルを携えて向かった。

この日私たちに割り当てられたのも、やはり70代のご夫婦が住むお宅だった。屋内のものはあらかた運び出し、トイレもなんとか使えるようになったという。しかし、まだ庭にヘドロがかなり残っているため、取り除いてほしいとのことだった。

表面は強烈な日差しで乾燥して、一見普通の土と区別がつかないが、シャベルで掘り返すと粘り気がある緑色の層が現れ、ヘドロ特有の匂いが漂う。それが厚いところでは5センチほど積もっている。植え込みに堆積しているヘドロを草削りで削り取り、土嚢袋に詰めては軽トラックの荷台に載せる。

庭には日陰がほとんどない。5分も作業すると、顔が火照るような感覚がある。息が切れる。15分おきに休憩をとるが、休んでいる間はただ水分をがぶ飲みしてへたり込むしかなく、班の誰ひとり口をきけない。サイレンを鳴らして救急車が近くを通ってゆく。ヘリが爆音を立てて飛んでゆく。

もともと砂利が敷かれていたところには、砂利の間に粘り気のあるヘドロが入りこみ、まるでコンクリートのように固まっていた。シャベルで叩き割るように削いで、土嚢に詰めると、男の手でも容易に持ち上がらないほど重くなった。

気温を聞いたら、心が折れるわ。知らんほうがええなーー誰かがそう漏らすほどの暑さだった。日が高くなるにつれ、日陰が小さくなっていく。絞れるほど服に染み込んでいるはずの汗が、ものの数分で蒸発する。

休憩している間、納屋の端に座ってお父さんと話した。真備は夏はぼっけえ暑うて冬はぼっけえ寒いんじゃ、と言っていた。

「6日の夜の11時くらいに、山の上の体育館に避難したんよ。まだ車が動かせたけえな。ずっと防災無線が鳴りよったけど、雨の音で全然聞こえんかった。その時は、まあ床上(浸水)くらいじゃろう思うとったけど、何のこたあねえ、屋根まで浸かってしまうんじゃけえな…」

「40年くらい前にも、この辺は洪水があったゆうて聞きましたけど、そん時は大丈夫じゃったんですか」

「わしゃそん時はおらんかったけど、おった人に聞いたら、床上じゃった言うとった。じゃけん、今回もそんなもんじゃろう思うとった」

遠方に住んでいるお子さんには、泊まる場所がないから帰らなくていい、と伝えているという。

「まあボランティアっちゅうのは、ありがてえもんじゃな。若え人んこと見直したわ、今回」

そう言って笑うお父さんにつられて笑った。

午前10時過ぎから午後1時過ぎまでの作業時間、半分くらいはへばっていた。しかし、休むべき時に休まないと、倒れては本末転倒だ。最後の15分、皆でスパートをかけた。土嚢は軽トラック3台分になったが、それでも庭の半分ほどの範囲しかヘドロを剥がすことはできなかった。