師範学校仲間の証言から紐解く、野間清治「人気の秘密」

大衆は神である(11)
魚住 昭 プロフィール

「野間、よく敵を討ったなア」

人気の秘密を師範学校の仲間たちの証言から拾ってみよう。

当時の同級生で、のちに講談社の幹部になる館内元は次のように述べている。

〈社長の一番の特長は純真であったというか、少しも隠し立てをすることがなかった。(略)だから誰にでも愛される。(略)シャツを着られても、靴を持って行かれても怒れないのですね。もう少しも悪びれないのですから。

金などを借りられても怒れない。ありさえすれば、なす(=群馬弁で返すの意)ですから。その純真で飾り気のない、計算がなくて、ありのままを常に出している。それで少しも不道徳のことをしないで、みんなに好かれる〉

 

清治が2年生のときのことである。同級生と町を歩いていたら、後ろから来た前橋中学(現・群馬県立前橋高等学校)の生徒3人が追い越しざまに「ボーフラ。油虫」と言った。当時、前橋中の生徒は、学費を税金に頼っている師範生のことをそう呼んで、軽蔑していた。

清治はその3人を怒鳴りつけた。ふたりは逃げた。清治は残ったひとりの胸ぐらを取って押しつけ、呉服屋の店頭へ投げつけた。呉服屋のランプが転がり、店で大騒ぎを始めた。

清治は走って逃げた。これが問題になると退学処分を受ける恐れがあったからだ。しかし、彼が中学生を懲らしめたという噂は瞬く間に広がり、師範の生徒たちを痛快がらせた。

同じ2年のとき、前橋公園で前橋中と師範の合同運動会が開かれた。短距離走、長距離走、幅跳び、障害物競走などさまざまな種目があるなかで、清治はひとりで7種目のメダルを獲得した。前例のないことだった。

清治は1種目ごとに県知事の前に呼び出されてメダルをもらったうえ、観衆の前で「運動の必要」という自作の文章の朗読を命じられた。

清治は師範に入って、剣道の稽古を本格的にはじめた。もともと両親がその道のプロだから上達は早かった。1年のとき、すでにクラスで一番の腕前だったが、2年、3年になるにしたがって、校内で清治にかなう者はいなくなった。

3年のとき開かれた前橋の剣道大会で、清治は警察代表で登場した巨漢の警部と対戦した。この警部は、師範と因縁のある人物だった。師範の生徒が夜、学校の塀を乗り越え、畑のキャベツをとって雑炊(ぞうすい)の材料にしたことがあった。それを警部がたまたま見つけた。

師範学校当局にしてみれば、ちょっとしたイタズラ程度でさほど悪質な行為ではない。穏便に済ませようとしたが、警部が生徒たちを取り調べたため世間で大騒ぎになり、関係した生徒たちは夏休みを取り消され、禁足処分を食らった。

剣道大会で清治は、その警部と剣先を交え、3本勝負の2本を先取して勝った。師範生や教師たちから歓声が上がった。清治が試合後、汗にまみれた防具を干していると、師範の教師たちが集まってきて「野間、よく敵を討ったなア」と口々に褒めそやした。

清治は師範のヒーローだった。

(つづく)