日本政府に見捨てられた「公安スパイ」の悲惨すぎる肉声

中国で実刑判決を受けると、どうなるか
桜坂 拳太朗, 週刊現代

謝礼は月15万円

M氏は北朝鮮から脱北した日本人だ。M氏の母は在日朝鮮人の夫とともに、帰還事業で北に渡った、いわゆる日本人妻だ。北朝鮮に渡ったとき、M氏はまだ子供だった。

「Mの父親は金日成像の建設工事中に労災死した。その功績で、Mは朝鮮人民軍総政治局傘下の幹部候補に抜擢された」(公安調査庁関係者)

だが、やがてM氏は家族で脱北し、日本に戻った。苦労して息子も育て上げ、M氏は脱北者の妻と神奈川県内のマンションで暮らしていた。ようやく掴んだ幸せだった。

だが、北朝鮮との縁は切れなかった。朝鮮語が堪能なため、中朝国境地帯に頻繁に行き、北朝鮮事情を集めては、日本の報道関係者に情報提供するようになった。

そんなM氏に接近したのが、法務省傘下の情報機関である公安調査庁だ。日本を代表するインテリジェンス機関の座を虎視眈々と狙う。

公安調査庁は法務省の傘下にある photo by iStock

霞が関内部の権力構造では末席に置かれるが、自らをCIAのカウンターパートと名乗り、スパイを使った人的諜報=ヒューミントに力を入れている。

「Mは北朝鮮にいた頃、日本出身者としては異例の高位にいて、軍の内情などを知り尽くしていた。瀋陽や丹東など中朝国境地帯に行き、北朝鮮から出てくる軍関係の知り合いと会い、北朝鮮の内部情報をとれる稀有な存在だった」(前出・公安調査庁関係者)

公安調査庁が提示した謝礼は月15万円。命がけの仕事には見合わない額だ。妻の実家がパチンコ関連の仕事をしていて、生活には困らなかったM氏だが、「日本のため」「拉致被害者を救おう」という誘い文句に応じた。

'10年頃から、公安調査庁の運用担当者は対北情報収集のための危険な任務を次々と依頼する。M氏はこれに応じ、たびたび中朝国境地帯に飛んだ。

中朝国境地帯は、対北朝鮮インテリジェンス関係者の間では「ホットスポット」だ。中国の諜報機関・国家安全部だけでなく、北朝鮮の防諜機関・国家保衛省も暗躍する。

 

公安調査庁と犬猿の仲にある警視庁公安部外事第二課の捜査員はこう指摘する。

「公安調査庁の運用は乱暴すぎる。協力者を金で買って、国外に送り込んでリスクの高いことをやらせる。我々ならば協力者を守るために『防衛』(護衛要員)を配置するし、拘束されたときのマニュアルを叩き込む。だが彼らは単独で行動させるだけで、リスク管理がまるでできていない」

'15年5月、M氏は突如、遼寧省で失踪した。中朝国境地帯で日本製品を販売するビジネスを立ち上げるために現地を訪れていたが、裏では公安調査庁の依頼で、情報源である朝鮮族のブローカーと接触していたと見られている。

中国国家安全部に身柄を拘束されていることが明らかになったのは、しばらくたってからだ。

「M氏は当初、予防拘束のような形で、ホテルで取り調べを受けた。そして、日本政府の協力者であることを自供したところで、正式に逮捕された。身柄は遼寧省丹東の刑事施設に置かれていた」(前出・日本政府関係者)

中国でスパイとして拘束された者はいかなる獄中生活を送るのか。これを経験した人物がいる。

残留孤児二世として日本に帰国した田原博氏(仮名)だ。日本政府に協力して中国に送り込まれ、スパイとして拘束、投獄された。田原氏が語る。

「'96年、北京で情報収集して、日本に帰国しようと北京空港に到着したとき、周囲を取り囲まれた。荷物の中から機密書類が出てきたため、安全部の施設に連行されました。4日間、黙秘しました」

週刊現代8月4日発売号では、中国でスパイ拘束された者の、壮絶なる獄中生活の実態が明かされている。

「週刊現代」2018年8月4日号より