今までの生活をリセットする

さて、同性愛者であることを自覚したとはいえ、中等部在学中の僕は、それを同級生たちに積極的に伝える勇気を持たなかった。みんな薄々感づいてはいたのだけれど、僕の口から決定的なカミングアウトをすることはなかった。ごく少数の、本当に仲のいい友人にだけは、「俺、たぶん男の人しか好きになれないっぽい」と伝えていた。

そんな僕がカミングアウトをするようになったのは、高校での進学先に、慶應義塾湘南藤沢高等部を選んだことが大きな要因だった。

慶應義塾湘南藤沢キャンパス(通称SFC)に新設されていた中高一貫校は、帰国子女が多く、担任も外国人教員であったり、また地方からの入学者が多かったりして、非常に多様性に富んだ学校として知られている。そして、この学校は、都心から遠いという立地やその校風のせいもあって、幼稚舎や中等部、普通部からの進学者が多くないという特徴もある。

僕がSFC高等部を進学先に選んだのは、まさにその点にあった。中等部の教育や環境は、もちろん素晴らしかった。しかし僕は、幼稚舎からの人間関係の延長線上にあった中等部までの生活をいったんリセットして、まったく新しい環境のなかで、まったく新しい自分自身を晒して生きていくことに挑戦してみたい、と切に思ったのだ。

「へぇ、ゲイなんだ。ところでさ、」

SFC高等部に入学した僕は、自分が同性愛者であることを、必要に応じてひとに伝えるようになった。帰国子女の同級生や、外国人の教員に、自分がゲイであることを伝えても、「へぇ、そうなんだ。ところでさ、週末どうするの?」と返事が来るような環境だった。福澤諭吉が残した「独立自尊」の精神が、そこには息づいていた。SFC高等部は、僕にとってはじめて、100%の自分自身でいられる場所であったように思う。

そして、「学校」という学生にとっての生活の中心地でカミングアウトできるようになったことで、高校3年時には家族に対しても少しずつ打ち明けられるようになっていった。

いっぽうで、勝間さんはどうだっただろう、と考えてみる。勝間さんは僕よりも15歳年上とのことなので、勝間さんが中等部を卒業した時分には、まだ湘南藤沢キャンパスもSFC中・高等部も開設されていなかったし、ニューヨーク学院高等部も存在しなかった。つまり、勝間さんの時代には、慶應義塾中等部を卒業した女子生徒は、慶應義塾女子高等学校に進学するほかなかった、ということになる。

慶應女子で「リセット」は難しい

慶應義塾女子高等学校は、伝統あるすばらしい女子高だ。しかし「選択肢がある」のと「選択肢がない」のでは大きく異なるだろう。また、中等部を卒業する女子生徒のほぼ全員が女子高に進学するわけだから、必然的に人間関係はそのまま続いてゆくことになるし、環境をリセットすることはできない

ちなみに、慶應女子高の校舎は、中等部の校舎に隣接しており、一部の施設を共同利用していた。当時の中等部の女子にとっては、中等部と女子高は、ある意味ではワンセットの、中高一貫校のような感覚だったのかもしれない。

僕のようなマイノリティにとっては、「環境をいったんリセットする」ことが、ほんとうの自分を見出すための契機になることもある。しかし一貫校の固定的かつ永続的な人間関係はメリットも多いが、この「リセット」を許さない場合がある。そして、それぞれの家庭環境や所得などが似通っていることも多い。こうした硬直的かつ同質的な人間関係は、どうしても「同調圧力」となって当事者にのしかかってくる場合がある。

勝間さんは高校のときにはすでに「女の子を好きになる感覚はありました」BuzzFeedでのインタビューに答えている。もしかしたら、勝間さんは、第二次性徴を迎えた中等部生のころに、すでにセクシュアリティに関する違和感を抱いていたのかもしれない。しかしすでに完成してしまった人間関係がそのまま引き継がれる女子高では、「違う自分」をオープンにすることは、難しかったのではないだろうか。逆に言えば、僕は、90年代以降の慶應の「多様性」に救われたのだった。

無論、カミングアウトをすることだけが正しいわけではないし、カミングアウトをせずに生きてゆくという選択も、大いに正しいし、尊重されるべきだ。ただ、ひとに対してオープンにするかどうかは別として、せめて自分自身だけは、自分自身を認めてあげること。それだけは、必ず達成されるべきだと思う。

勝間さんは、同じインタビューにおいて、女の子を好きになる感覚は「ダメなことだと思っていた」と語り、その気持ちに長らく「蓋をしてきた」という。もしあの当時、慶應義塾のなかにほかの女子高や共学校があり、別の選択肢があったとしたら、ひょっとしたら勝間さんはその重い蓋をもう少し早く外すことができていたのかもしれない。

  
初恋のひとの性別思ひ出せなくて弾ける少年の朝
               —小佐野彈『メタリック』より−
 

おさの・だん 1983年東京生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。大学院卒業後に台湾にて起業。中学生のころから作歌をはじめ、2017年「無垢な日本で」で第60回短歌研究新人賞を受賞。第一歌集『メタリック』ではオープンリーゲイとして生きる自身の等身大の言葉を表現している。