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「父の前妻」を訪ねて初めて知った「腹違いの兄」の波乱の人生

現役証券マン・家族をさがす旅【25】

78歳で倒れ、入院した父。息子で40代の「ぼく」は、ぶっきらぼうで家族を顧みなかった父にずっと反発を覚えていたが、父に前妻がいたこと、そして自分の腹違いの兄が存在することを聞かされて以来、家族の過去を調べていた。

前回、意を決して父の前妻・下田栄子さんの実家を訪ねた「ぼく」。彼女本人には会えなかったものの、その義理の妹・伸江さんから、「腹違いの兄」健太郎さんのその後を聞かされるーー。

現役証券マンで作家の町田哲也氏が、実体験をもとに描くノンフィクション・ノベル『家族をさがす旅』。

「お父さんに会うかもしれない」

健太郎さんが生きる途として選んだのは、ホストクラブだった。

1980年代半ば。日本中が、バブルへの坂道を駆け上がろうとしていた頃だ。厳しい世界だが、20歳前後の若者にとって、数字を残せば認められるという環境が楽しくて仕方なかった面もあるだろう。次第に仕事が軌道に乗りはじめると、生活態度や金遣いが荒くなった。

健太郎さんが独立して歌舞伎町で店を開くと聞いたとき、伸江さんは夫と二人で反対した。たしかに話がうまく営業が得意なのだろうが、人をバカにするような態度をとることがある。そんな言動を何度も注意していた。

 

伸江さんは、夫と二人で歌舞伎町に行ったこともある。遠くから場所を確認しただけだったが、夫は店まで行って話をした。自分たちの子どもという意識があったからこそ、そこまでしたのだろう。しかし激しくいい合ってしまい、以来連絡を取りづらくなった。

「ずっと後ですよ、あの子が事故にあったのは」

「交通事故ですか?」

「背景はよく知らないんですけど、頭を強く打ったらしくて、病院に通うようになったんです。しばらくリハビリをしていたみたいです」

「ご家族は?」

「一度結婚したんだけど、すぐに別れちゃって」

「ではお子さんも?」

伸江さんは首を振った。

水商売の世界で生きる人間にとって、頭を打つ怪我がどれほど致命的かは明らかだろう。しかも支えてくれる家族もいなかった。家族の愛情を渇望しながら成長した人間にこそ、家族を持つことが重要だということが、ぼくは身にしみてわかっていた。

「でも良かったのは、一緒に仕事をしていた方が親切らしくて、何かと世話をしてくれてるみたいなんです。経済的にも、支援してくれる方がいるみたいで」

伸江さんの話に、ぼくはふと息を吐き出した。

「まだ元気なころにね、たまに健ちゃんがふらっと家に来たことがあったんです。一度彼女を連れてきたこともありましてね、こいつと結婚するからって。じゃあ乾杯しようって、その日は盛り上がったんですけど、ふと、この家でみんなで暮らしてたときが一番楽しかったって話していたのを聞いて、やっぱり新しい家族のいる横浜の家はいづらかったんだろうなって思ったんです」

「ここは小さい頃にずっと過ごした家ですからね」

「そうですね」

昔を懐かしむように笑う伸江さんが、幸せそうな表情を見せた。5年前に夫を亡くした彼女にとっても、八人の大所帯で暮らした生活が愛おしく思えたのかもしれない。その家に、今は一人で暮らしていた。

「いつだったか、健ちゃんが電話してきたことがありましてね、お父さんに会うかもしれないっていうんですよ。会っていいのかなって」

「そうなんですか?」

「私も栄子さんからは、健ちゃんとあまりつき合わないようにっていわれてるけど、電話が来るのを無視するわけにはいかないでしょ。ちょっとしたアドバイスはしてたんですよ」

「何ていわれたんですか?」

「きちんと憶えてないけど、一度会えば向こうと関係もできるだろうから、しっかり考えたほうがいいよっていうようなことをいったような気がします」

そのときに健太郎さんが父に会ったかどうかは、聞けず仕舞いだったという。

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