ある日突然「日本人ではなくなった」31歳男性の告白

指紋を取られ、裸にさせられ…
井戸 まさえ プロフィール

日本人でない証明

雅樹の就籍の申立ては、却下された。

「そこまでしても」日本人にはなれなかったのだ。

審判書に「当裁判所の判断として」として、まず最初に書かれていたのは、雅樹の犯罪歴についてだ。

「犯罪歴又は逮捕歴『不発見』」

「なし」ではない。「不発見」という文字に若干の悪意が滲む。

以降、3ページにわたって、雅樹の生育に関する記述が続く。そして、「しかしながしがら」との文字の後に続くのは、以下の文だ。

(1)「日本語を流暢に話し、語彙も豊富で、初対面の相手であってもコミュニケーションに全く支障がない。また申立人は、陳述書や報告書を自らパソコンを使って作成しており、その内容は項目ごとに整理され、内容もわかりやすく、誤字脱字もほとんど見当たらない。(中略)以上の点からすると、申立人が小学校に2回登校したことがある以外は学校に通ったことがなく、勉強や一般教養については養母から教えてもらっただけであとは独学とする申立人の供述はおよそ信用しがたい」

(2)「(前略)少なくとも、申立人が乳幼児の頃に、申立人を保育園等に預けることなく、ひとりアパートに残して長時間働きに出ることはおよそ困難であり(育児放棄でもある)、そうした場合には、何らかのきっかけで周囲の知るところになり、児童相談所等による指導・介入を受けることが通常である。申立人は、2回だけではあるが小学校に登校しており、また転居もしていないというのであるから、その後も児童相談所等による指導・介入を受けることなく、全く学校に行かないまま義務教育の期間を経過したというのは不自然である」

これが日本人である証明する権限を持つ裁判所が出す文章だと思うと、脱力する。

「学校に行っていない人間は語彙も少ないはず」「パソコンも打てないだろう」……むしろ学校教育を受けた人より、漢字も知っている、計算もできる無国籍、無戸籍の人たちを筆者はいくらでも知っている。

1980年代後半にオランダ・ライデン市で難民支援をしていたときにも、彼らの語学能力や教養に驚いたが、この裁判官が無国籍者や無戸籍者たちと実際に接した経験を持っていたならば、同じ審判を書いただろうか。雅樹の言葉を「信用できない」と言えただろうか。

私が携わった無国籍・無戸籍相談では児童相談所が関わったケースなど1件もない。

ゼロ、皆無だ。

その実情を知っていたら雅樹が育った状況を「不自然」と断じることができただろうか。

裁判官が「信用しがたい」「不自然である」としたことが「当たり前」に起こっているのが無国籍問題であり、無戸籍問題なのだ。

 

「自分は誰なのか」を証明する術すら持たない子どもたち。雅樹のようになんとか生き延びても、その先に待っているのは国家からの「拒絶」であるならば、彼らはどうしたら良いのだろうか。

雅樹が「近藤雅樹」ではないというなら、「日本人ではない」なら、いったい彼は誰なのか、何人なのかを教えてほしい。拒絶した以上、裁判所にはその責任があると思う当事者の思いは十分に理解できる。

不思議なのは、こうして「日本人とは言い切れない」と言われた、つまりは「無国籍者」たちは、国外退去も命じられず、国から居所を聞かれることもなく、そのまま日本の雑踏の中に放り出されるのだ。

国籍取得に関しては偽装や不正ケースがあることは重々承知だ。ならば、その取締を強化すればよい。

その対策も十分しないまま、特に働き盛りを迎えている20〜50代の成人無国籍・無戸籍者は「怪しい」と一括りにされる。

しかし「怪しい」まま放置、その存在を無視し続けるというのは国家として果たして取るべき対応なのだろうか。