ある日突然「日本人ではなくなった」31歳男性の告白

指紋を取られ、裸にさせられ…
井戸 まさえ プロフィール

ワイシャツを脱いで、日本人を証明

無戸籍・無戸籍で生き続けることに限界を感じた雅樹は、まずは役所に相談に行く。

しかしどの窓口に行っても「担当はここではなくて、あちら」と言われる。「あちら」にいっても同じことの繰り返しで、結局はたらい回し。そして最後は「裁判所に言って下さい」となる。

家庭裁判所で申立てをすることは、それが離婚であろうが養育費の請求であろうが、一般の人でもハードルは高いだろう。ましてや義務教育を受けていない雅樹にとってさらに困難が伴うことは想像に難くない。

申立書を書いて、それに証拠を付す。

しかし証拠といってもしかしそれを証明してくれるはずの義母はこの世にはいない。

申立てをしてしばらくして、裁判所からの呼び出しが来た。

調査官との面談の1回目は申立書に書いていることの確認。

2回目は前回話したことに加えて、もう少し突っ込んだやり取りが行なわれ、加えて指紋採取があり、全部の指の指紋を採られた。

それが終わると、調査官は突然ワイシャツを脱ぎ始めた。

「その年代だとBCG、判子注射とも言うんですが、その跡が残っていると思うんです。僕のを見せますから、近藤さんのも見せてくれませんか?」

日本で受けた予防接種のあとがあれば生まれた年代がわかるのだ。もしくは、どこかの国の予防接種の跡があるかもしれない。雅樹の与り知らないところだとは言え、これまでの証言の信頼性にも影響は出るだろう。

雅樹は予想もしていなかった展開に動揺する。嘘をついているわけではないのに、疑られているというだけで後ろめたい気持ちになる。

 

ワイシャツを脱ぐ。

「ない、ですね。どちらの腕にも。予防接種はしていないですね」

雅樹はホッとして、その場に倒れそうになる。

この国では「日本人」として認められるまでは、どのような扱いをされても文句は言えない。

指紋を取られ、裸にさせられて調べられるなんて、まるで犯罪者扱いだ。そんな扱いを受け続けると、本当に自分が極悪人か奴隷のように思えてきてしまう。

その屈辱に耐えなければ「日本人」にはなれない。「あと、少しの辛抱」。そう思って絶えるしかない。