田原総一朗が飛び込んだ「高齢者専用風俗店」の世界

高齢者の性を巡る旅③
前回、AVメーカーの最大手、ソフトオンデマンドを訪ね、アダルトVRの世界を覗いたジャーナリストの田原総一朗氏。「高齢者の性」の迷宮の探索はまだまだ続く。今回、田原氏は高齢者専用デりヘルの経営者への取材を敢行した――。

身体障害者の性問題などに取り組んでいる坂爪真吾氏の『セックスと超高齢社会』の中で、「こころあわせ」というシニア専用のデリヘルが紹介されている。

60歳以上の男性を対象にしていて、東京、仙台、福岡で営業しているということだ。高齢の男性客たちからは、相当信用されているようで、特に普通の風俗を利用するのは怖い、不安だ、という人が何度も通うのだそうだ。なお、60歳以上が対象というのは、日本では「こころあわせ」だけなのだということだ。

高齢者と性についての問題を考える中で、「高齢者向け風俗」は避けて通れない課題の一つだろう。その「こころあわせ」のオーナーに会うことができた。

デリヘルを始めた理由

オーナーは60代で、デリヘルの経営者というイメージとはほど遠い、明るくて真面目そうな人物である。げんに、彼はデリヘル店だけでなく、いくつもの、いわば堅気の事業を経営しているのだという。

――いきなりですが、どういうきっかけでデリヘルのお店を始められたのですか。

「実は、デリヘルで働いている女性から、オーナーとしてお店を持ちたいのでお金を融資してほしいという話を持ち込まれまして……。20年ばかり前のことです。僕はそれまで、いわゆるデリヘルというのは一度も使ったことがなかったので、まったく異次元の話だったのですが」

――その女性は、なぜ自分でお店を持ちたいと思ったのですかね。

「彼女は仙台の生まれで、15歳のときに東京に出てきて、最初はスナックとかで働いていたのですが、収入がよいというので、いわゆるデリヘルと契約をし、そのあとさらに単価が高いので、デリバリーのSMクラブに移ったのです。そのお店でチーママまでやったのですが、20代中盤ぐらいで、そこをクビにされちゃったのです」

――それで、今度はオーナーになりたい、といってきたのですか。

「いやいや、彼女の家は、おじいちゃんの代から一級建築士で、仙台に自社ビルを持たれているのですが、一度仙台へは帰ったものの、実家に帰るのではなくて、仙台のSMクラブで働き始めたのです。当時、仙台にはデリヘルのお店は、3,40軒あったのですが、SMクラブは彼女が勤めた店しかなかった。ところが、どういうわけか、そこもクビになってしまったのです」

――なぜ、クビになったのですかね。

「それは、僕にはわかりません。ただ、デリヘルのノウハウを持っているから、自分がオーナーとしてやっていきたい、というのです。だから、お金を出してくれないかと。僕は20代中盤の女性にお金を出資する気はなかったのですが……」

――なぜ、彼女はあなたを知っていたのですか。

「実は、彼女が10代のときに、何ヵ月間かお付き合いをしていたのです」

――彼女と、個人的に、ですか。

「ええ、いってみれば彼女と彼氏という関係だったのです」

――そうか、だから彼女に頼まれると、断るわけにはいかなかったのですね。

「一つには、当時僕がやっていた仕事が、先行きがあまりよい感じではなかったので、もうちょっと多角事業をしてみようと思っていたこともあります。僕も若かったですから」

――それで、一番最初は仙台ではじめたのですか。

「そうです。僕は東京に住んでいたのですが、仙台にずっと通っていたというか、仙台に2週間泊まって、東京に数日帰って、また、仙台に行くという形でした」