和歌山カレー事件・20年目の真実〜林真須美は本当に毒を入れたのか

決め手の「ヒ素鑑定」が揺らいでいる
田中 ひかる プロフィール

一人の刑事が「やりました」の五文字を書けと言って、座っている私の左腕を思いっきり殴ってきた。私は殴られたとき目が覚め、立って右手をぐうにして、思いっきり刑事の左のほっぺたを殴り返してやりました。向かいにいてた他の刑事は、殴り返したことにとても驚いていた。

私を殴った刑事は、私に殴られたことで刑事のプライドがとても傷ついたことを理由に、激しく暴れて、そこらを蹴とばして出ていきました。私のことを「殺しちゃろか」というので、「根性あるなら、今ここで殺せ」といってやりました。

他の二人の刑事は、私に、「ええ根性した女やなあ」といってきたけれど、私は四人の子どもがいたからとても強く三カ月おれました。最後の方には無理矢理ボールペンで「やりました」と書かされそうになったことも何度も何度もあった。

幼い頃の長男と林真須美
 

ヒ素が「同一である」の意味

警察は、夏祭りの関係者たちの証言を集め、午後0時20分から1時までの40分間、真須美が1人でカレー鍋の見張りをしていたと“特定”し、「真須美以外に、カレーにヒ素を混入することができた人物はいなかった」と結論づけた。

(詳細は割愛するが、関係者たちの証言には、警察の誘導のあとが見られる。また、ヒ素を混入したあとカレーライスが配られるまでの4時間以上、誰も味見をしていないというのは不自然である)

こうした状況証拠に基づいて、12月9日に真須美をカレー事件の容疑で再逮捕したのだが、その後も真須美は頑なに容疑を否認した。

このままでは起訴できないと考えた検察は、東京理科大学理学部応用化学科教授の中井泉に、健治がかつて所持していたドラム缶入りヒ素や、林家所有のヒ素、事件現場で押収された紙コップに付着していたヒ素等の鑑定を依頼した。

中井は大型放射光施設「スプリング8(SPring-8)」を使って、これらのヒ素が「同一である」という結論を導き、真須美が自宅台所にあったヒ素を紙コップに移し入れて運び、カレー鍋に混入したという検察の筋書きを裏付けた。

しかし中井鑑定の「同一」とは、これらのヒ素が「同一の工場が同一の原料を用いて同一の時期に製造した亜ヒ酸である」という意味に過ぎなかったのである。

当時、ヒ素は白アリ駆除のほか、殺鼠剤や農薬、みかんの減酸剤としても需要があり、和歌山市内だけでも「同一の工場が同一の原料を用いて同一の時期に製造した亜ヒ酸」が、大量に出回っていた。

したがって、中井鑑定を以て、林真須美を犯人と特定することはできないのである。それにも関わらず、真須美は12月29日に起訴され、死刑へのレールに乗せられた。