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『サピエンス全史』の「次」が来た!『ホモ・デウス』冒頭を先行公開

世界騒然! 邦訳版は2018年9月刊行
なぜ、さまざまな種類の人類が生まれたなかで、弱小な「種」であったわれわれホモ・サピエンスだけが生き残り、文明を築いたのか? 壮大なスケールでその謎に挑み、全世界で800万部を売り上げた『サピエンス全史』

一躍ベストセラー著者となったユヴァル・ノア・ハラリ氏が満を持して取り組んだ最新作『ホモ・デウス』は、サピエンスの戦慄に満ちた「その後」を描き尽くし、すでに世界を騒然とさせている。

2018年9月の日本語訳発売を前に、その冒頭を特別公開する。

第1章 人類が新たに取り組むべきこと

三〇〇〇年紀(西暦二〇〇一〜三〇〇〇年)の夜明けに、人類は目覚め、伸びをし、目を擦る。恐ろしい悪夢の名残が依然として頭の中を漂っている。

「有刺鉄線やら巨大なキノコ雲やらが出てきたような気がするが、まあ、ただの悪い夢さ」

人類はバスルームに行き、顔を洗い、鏡で顔の皺を点検し、コーヒーを淹れ、手帳を開く。
「さて、今日やるべきことは」


その答えは、何千年にもわたって不変だった。二〇世紀の中国でも、中世のインドでも、古代のエジプトでも、人々は同じ三つの問題で頭がいっぱいだった。すなわち、飢饉と疫病と戦争で、これらがつねに、取り組むべきことのリストの上位を占めていた。

人間は幾世代ともなく、ありとあらゆる神や天使や聖人に祈り、無数の道具や組織や社会制度を考案してきた。それにもかかわらず、飢餓や感染症や暴力のせいで厖大な数の人が命を落とし続けた。

そこで多くの思想家や預言者は、飢饉と疫病と戦争は神による宇宙の構想(訳註:本書で言う「宇宙の構想」とは、全能の神あるいは自然の永遠の摂理が用意したとされる、全宇宙のための広大無辺で、人間の力の及ばない筋書きを意味する)にとって不可欠の要素である、あるいは、人間の性質と不可分のものである、したがって、この世の終わりまで私たちがそれらから解放されることはないだろう、と結論した。

ところが、三〇〇〇年紀の夜明けに人類が目覚めてみると、驚くべき状況になっていた。

ほとんどの人はこんなことはめったに考えないだろうが、この数十年というもの、私たちは飢饉と疫病と戦争を首尾良く抑え込んできた。もちろんこの三つの問題は、すっかり解決されたわけではないものの、理解も制御も不可能な自然の脅威ではなくなり、対処可能な課題に変わった。

私たちはもう、これら三つから救ってくれるように、神や聖人に祈る必要はなくなった。飢饉や疫病や戦争を防ぐためにはどうするべきかを、私たちは十分承知しており、たいていうまく防ぐことができる。

たしかに派手なしくじりも相変わらず見られるが、そうした失敗に直面したとき、私たちはもう、肩をすくめて、「まあ、そういうものだ、しょせん、この世は不完全だから」、あるいは「何事も、神の思し召しどおりになる」などと言ったりはしない。

飢饉や疫病や戦争が手に負えなくなった場合は、誰かがヘマをやらかしたに違いないと感じ、調査委員会を設置して、次回はもっとしっかり対処することを誓う。そして、現にそれが功を奏する。

実際、そうした災難はますます珍しくなってきている。今日、食べ物が足りなくて死ぬ人の数を、食べ過ぎで死ぬ人の数が史上初めて上回っている。感染症の死者数よりも、老衰による死者数のほうが多い。兵士やテロリストや犯罪者に殺害される人を全部合わせても、自ら命を絶つ人が数で凌ぐ

二十一世紀初期の今、平均的な人間は、旱魃やエボラ出血熱やアルカイダによる攻撃よりも、マクドナルドでの過食がもとで死ぬ可能性のほうがはるかに高い