AIが「人間より正しい判断ができる」という思想、やめませんか?

機械は責任をとれるのか?
西垣 通, 千葉 雅也

「人間も機械と同じだ」と言うときに起きること

千葉:本の中で書かれていたように、科学的な知と宗教的な意味が結びついているということをーーこれはある程度の教養がある人だったら考えていることですがーー全く知らないという人も世の中にはいっぱいいるわけですね。そういうところに向けて啓蒙的なお気持ちで書かれているんだろうな、と思ったんですよ。

西垣:はい、その通りです。このことに関連して、まだ話に出てきていない新実在論の哲学者の話をちょっと付け加えていいでしょうか。

新実在論の思想家としてもう一人、マルクス・ガブリエル3という人がいますよね。すごく大きくまとめるとメイヤスーと同じグループに入るんだけれど、ガブリエルはドイツ人で、『神話・狂気・哄笑』という本でかなり厳しくメイヤスーを批判しています。実をいうと、僕自身はガブリエルの立場にやや近いんですよ。

 

ガブリエルは、「メイヤスーは『偶然性の必然性』と言う。しかし自分は『必然性の偶然性』を言いたいんだ」と書いているんですね。

どういうことかというと、メイヤスーは要するに、「世の中に必然的なものなんてなくて全部偶然なんだけど、そういう偶然性だけが必然なんだ」と言う。それに対してガブリエルは、まず世の中には「知の領域」とでもいうべき様々な領域があると。

千葉:文学とか物理学とか。

西垣:その一つ一つに、ある意味で必然的な論理がちゃんとある。だけど、その領域における「出かた」というか、例えば天文学では「宇宙は135億年前にできた」と学会で議論されているような、そういう論理の「出かた」は偶然じゃないか、と言うわけです。

つまり、偶然性にせよ何にせよ、何かを「必然的だ」と言った途端に、外部がなくなって「世界」ができてしまう。けれど、それは違いますよというのが彼の議論なんですね。詳しくは彼の『なぜ世界は存在しないのか』をお読みいただきたいんですが。

千葉:ガブリエルって、80年生まれだから僕より若いんですよね。びっくりです。

西垣:千葉さんも若いけどちゃんとしてますよ(笑)。で、ガブリエルのメイヤスー批判をもう少し詳しく話すと、まずメイヤスーの動機はすごくわかると言う。

つまり、相対主義をラディカルに認めると、「狂信」や「独裁」みたいなものも認めなきゃならなくなる。メイヤスーはまともな学者だし、神についてちゃんと考えなきゃいけないという立場だから、それはダメだと考えるわけです。しかしだからと言って、科学主義を事実性と直結してよいのか。科学主義だけを優先するのは間違いだ、とガブリエルは批判する。私もそう思います。

というのは、メイヤスーは事実と科学の関係について色々考えているけれど、私のように科学や技術の現場にいた人間からすると、科学技術者もある意味「いい加減」にやっているわけですよ。真面目に仕事をしていても、例えばデータの整合性をとるために近似計算をするとか、色々都合のいいことをやる。それで別のいろんな学説が出てきて、ダメになって……その繰り返しじゃないですか。だから、天下り的な考え方で、「科学だけが正しい」と言うのは間違いだと。

科学だけが正しいという発想は、例えば脳科学者なんかにもそういう考え方をする人がいるんですよね。脳がすべてを作る、というような。実は脳科学とシンギュラリティ仮説とはわりに結びついていて、つまり彼らは、「脳のダイナミクスがすべてだ」と言うわけですよ。脳のデータをコンピュータにうまく移せば、理論上は人間が見ているのと同じ世界ができあがる、と。

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千葉:心というものを消去する。消去主義という考え方もありますね。

西垣:あるいは還元主義4というか。でも、そういうことを言い出したら、例えば音楽なんてただの空気の振動じゃないですか。ガブリエルは、それは違うと言っているわけですね。

「人間の行動なんて、全部脳の物理的な働きだ」ということになったら、例えば殺人を犯した人も罪に問えない、という話になってくる。だって、ただ脳の反応が原因で殺しちゃった、という言い訳が成り立つわけですから。実際にそういう議論がアメリカの裁判であった5そうです。

千葉:今後、そういう問題が本当に出てくると思います。そして、まさにAIが孕む問題というのは、「AIが下す判断」というのは、本質的にそういう性質のものだろう、ということですよね。

西垣:ここがポイントなんです。それはやっぱり、間違っているんじゃないかと。このまま突き進むのはちょっとまずい。全部AIでやれるとか、全部脳が決めるんだとか、それは違うよ、というのがガブリエルの考え方なんですね。

3)マルクス・ガブリエル(Markus Gabriel):1980年生まれのドイツの哲学者。29歳の若さでボン大学教授に就任するなど、いま世界でもっとも注目を集める学者のひとり。『なぜ世界は存在しないのか』が各国でベストセラーになっているほか、今年6月には来日した

4)還元主義:ここでは、心の哲学における還元主義を指す。生物がもつ精神的はたらきのメカニズムは、すべて脳などの肉体的・物質的側面から説明可能であるとする立場。

5)米国では近年、裁判の証拠として被告の神経生物学的・遺伝学的来歴や診断が用いられることが少なくない。(2016年の記事 “My brain made me do it: Neuroscience and behavioral genetics in court”