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オウム麻原彰晃「遺骨騒動」のナゾ〜宗教学者・島田裕巳が徹底解説

宗教の生命力とは何か

教団にとって教祖の遺骨とは何か

オウム真理教の元教祖、麻原彰晃(本名は松本智津夫)の死刑が執行され、遺体は火葬された。現在、その遺骨は東京拘置所に安置されている。

この遺骨をめぐって、誰にそれを引き渡すかで問題が生まれている。麻原は刑が執行される直前、引き渡し先として四女を指名したとされる。裁判以降、家族とさえまともにコミュニケーションがとれなかった麻原が、果たしてそう言い残したのかについては疑問が残る。

麻原が、自分を尊師として崇めるアレフなどの集団に影響力を及ぼし続けようとするなら、アレフやそことの関係が取りざたされる妻や三女を指名して当然である。にもかかわらず、アレフや家族と関係を絶っている四女を指名するというのは、矛盾しているようにも思われる。ただ、四女は、自分は最後に父親とコミュニケーションがとれたと主張しており、不透明な部分が少なくない。

宗教の世界において、遺骨やそれを安置する墓は極めて重要な存在である。

 

仏教は、釈迦の遺骨である仏舎利の信仰からはじまり、仏舎利をおさめた仏塔が寺院へと発展した。日本の仏教宗派でも、宗祖の墓が教団の出発点になっている。浄土真宗の親鸞などは、自分の遺骨は鴨川に流して欲しいと遺言したにもかかわらず、その墓所から本願寺が発展していった。

キリスト教でも、エルサレムにはイエス・キリストの墓所とされる聖墳墓教会がある。中世のヨーロッパでは、聖人の遺物(遺骨が多い)を祀る「聖遺物崇拝」が盛んになり、教会は聖遺物を祀るために建てられた。十字軍を派遣する一つの目的は、東方から聖遺物を持ち帰ることにあった。

イスラム教でも、偶像崇拝は禁止されているにもかかわらず、聖者の墓が信仰の対象になっている。

日本人が盛んに墓を造るようになったのも、火葬によって遺骨が残るからで、土葬の時代には庶民は墓を造らなかった。

このように、骨や墓は極めて重要な役割を果たしている。だからこそ、麻原の遺骨が誰の手に渡るかが問題になってくるのである。