2018.07.19
# メディア・マスコミ # 宗教

オウム真理教が信者獲得に成功した「先進的なプロパガンダ」

あまりに多種多様な布教の方法
辻田 真佐憲 プロフィール

テレビ、ラジオへも進出

麻原は、1991年より積極的にテレビに出演するようにもなった。このころ、熊本県波野村の土地取引をめぐって警察の強制捜査を受けるなど、オウムへの社会の視線は厳しくなりつつあった。そこで、あえてマスコミに乗り込むことで巻き返しが図られたのである。

麻原は、バラエティ番組への出演もうまくこなした。『とんねるずの生でダラダラいかせて‼』では、「好きな女優は?」「髪を洗うときはリンスを使うか?」などのあまり重要とも思えない質問にも気さくに答えて好感度アップを図り、『ビートたけしのTVタックル』では、ビートたけし相手に難解な宗教用語を駆使して宗教家の威厳を示そうとした。

報道番組や討論番組では厳しい批判を受けることもあったものの、麻原は、相変わらず自己宣伝に長けていた。こうしたテレビ出演が、オウムの宣伝につながったことは否定できない。

 

また、オウムは独自のラジオ番組ももっていた。それが1992年よりはじまった「エウアンゲリオン・テス・パシレイアス」だ。名前だけみるとアニメ「エヴァンゲリオン」をほうふつとさせるが、こちらが時代的に先行している。番組名は、古典ギリシャ語で「御国の福音」を意味する。

「エウアンゲリオン・テス・パシレイアス」は、国内で放送局を確保できなかったため、ロシアの放送設備を借り受け、ウラジオストックの中継基地より日本向けに放送していた。内容は、麻原の説法や質問のコーナー、オウム音楽の放送などだった。ソ連崩壊後で混乱していたロシアを経由することで、オウムは好き勝手に番組を流すことができたのである。

さらにオウムは、1991年パソコン通信に、また地下鉄サリン事件の後ではあるものの、1996年インターネットに、それぞれ進出していた。その動きはじつに素早かった。オウムがプロパガンダの見本市状態だったゆえんである。

「エウアンゲリオン・テス・パシレイアス」の宣伝(『えんじょい・はぴねす』1993年6月号より)

オウムを思考実験の材料に

もしオウムをして今日にあらしめれば、かならずやTwitter、Facebook、LINE、Instagram、YouTubeなどを使いこなし、「オウム・シスターズ」と呼ばれた女性を表に立てるなどして、巧みに情報を発信したであろう。それぐらい、オウムのプロパガンダは多種多様で先進的だった。

現在、オウム残党の影響力は限定的だ。これだけ報道もされているので、早々引っかかることもあるまい。だが、ほかの新興宗教、政治団体、テロリストならばどうだろう。警戒心もいささか薄まるのではないか。

ぜひ各自で「この宣伝はどうだろうか」「あの組織ならこうするのではないか」などと考えてもらえればと思う。それがなによりプロパガンダへの防波堤になるはずだ。

オウムの事例は、こうした思考実験の格好の材料なのである。

関連記事