あなたが買っている「体にいい水」はニセ科学かもしれない

ラボ・フェイク 第5回
伊与原 新 プロフィール

「水素水」はどこへ行くのか?

さて、近年最大のヒット商品、「水素水」はどうなのか。未だに毀誉褒貶は激しく、見込みがあると擁護する論者もいれば、ニセ科学だと断じる意見もある。

「水素水」とは、水素ガスを溶け込ませた水のことである。端緒となったのは、日本の研究グループが2007年に『Nature Medicine』という一流学術誌に発表した論文。水素ガスが細胞中の活性酸素を還元して消去し、脳梗塞を起こしたラットの脳障害を抑制した、という内容だ。

これはこれで重要な成果なのだろうが、問題はその先、人に効果があるかどうかである。細胞実験や動物実験でうまくいったとしても、人への臨床試験ではまったく効果が見られないということは非常に多い。創薬の現場では、基礎実験で有望とされた候補物質のうち、実際に薬になる割合は1万分の1程度だという。

 

国立健康・栄養研究所のデータベースによれば、水素水でもランダム化比較試験(上記、ラボ・フェイク第2回(<ホメオパシーは「実証された」!? 一流学術誌に載った論文の真相>http://gendai.ismedia.jp/articles/-/55926)参照)による臨床試験がいくつかおこなわれている。対象とされた疾患は、高コレステロール血症、慢性B型肝炎、パーキンソン病などだ。

統計的に有意な効果が認められた項目はあるものの、臨床試験の数がまだ少なく、規模も小さいために、一定の結論を導き出せる段階にはまだないようだ。国立健康・栄養研究所は、「ヒトに対する有効性については信頼できる十分なデータが見当たらない」とまとめている。

「がんを予防する」「ダイエット効果がある」「美肌によい」などと宣伝されることもよくあるが、すべて「抗酸化作用」という曖昧なものからの連想に過ぎないと思われる。科学的根拠はないに等しいだろう。

また、市販の水素水製品については、水素ガス濃度が低すぎるという批判も根強い。国立健康・栄養研究所が指摘しているように、水素ガスは腸内細菌によって体内でも生産されている。その量は、水素水から摂取できる水素ガスに比べてはるかに多いのだ。

特定の疾患についての臨床試験データは今後増えていくだろうが、水素水を飲んで健康が増進するというエビデンスは当分得られそうにない。何らかの効能が明らかになったとしても、市販品程度の水素ガス濃度では無意味ということになる可能性も高い。今考えられる見通しとしては、こんなところではないか。

ところで、市販の水素水のうち、ある方法(カルシウム剤を溶かして電気分解する)で作られた製品は、ひと昔前にもてはやされた「アルカリイオン水」と同じものだ。最近は「電解水素水」と呼ばれることもあるようだが、水素ガスの濃度は極めて低い。水酸化カルシウムも含まれているため、そちらが胃腸の不調に効く可能性はあるらしい。

人の弱みにつけこむ「水」

それでも"活性化"された水がいいというなら、霊水と同じ感覚で飲めばよい。プラセボ効果で気分よく過ごせるかもしれない。だが、個人の自由だといって見過ごせない「水」も存在する。人の弱みにつけこむ商法や商品だ。

がんの代替医療として勧められる「水」がその好例だろう。NATROM著『「ニセ医学」に騙されないために』によれば、ミネラルを豊富に含むという水商品を、がんに効くとして患者に処方しているクリニックまであるという。

「科学的根拠は存在しない。あるのは独自理論と体験談だけ」とNATROM氏は指摘する。藁にもすがる思いのがん患者にそのようなものを勧め、標準医療を受ける機会を奪う。けっして許されることではない。

また、河北新報のオンラインニュースには、こんな記事が掲載されていた。東日本大震災の半年後、除染に悩む福島県富岡町の町役場に、あるメーカーから売り込みがあった。イオンや鉱物で処理した水製品を販売している会社である。その水を飲めば体内の放射性物質が低減するので、被曝した牛で実験させてほしい、というのだ。

何とか牛を生かしたいという一心で、役場はその申し出を受け入れた。結果はご想像どおり。その会社が管理していた牛がやせ細ったり、逃げ出したりしたために、実験は数ヵ月で打ち切られたという。復興予算目当ての、詐欺まがいの行為だ。

このたびの西日本豪雨の被災地にも、有象無象が群がるだろう。怪しい「水」を売り込む輩が跋扈するような事態にならないことを、切に願うばかりである。

(つづく)

参考文献
『水の神秘 科学を超えた不思議な世界』ウェスト・マリン著 戸田裕之訳 河出書房新社(2006)
『神秘家列伝 其の弐』水木しげる著 角川文庫(2004)
『検索禁止』長江俊和著 新潮新書(2017)
『悪霊にさいなまれる世界「知の闇を照らす灯」としての科学』(上・下)カール・セーガン著 青木薫訳 ハヤカワ文庫NF(2009)
『水はなんにも知らないよ』左巻健男著 ディスカバー・トゥエンティワン(2007)
『ニセ科学を見抜くセンス』左巻健男著 新日本出版社(2015)
『「ニセ医学」に騙されないために 危険な反医療論や治療法、健康法から身を守る!』NATROM著 メタモル出版(2014)
『Newton』11月号 ニュートンプレス(2007)
「『活水器』の表示に関する科学的視点からの検証について」東京都生活文化局(2005)
「『健康食品』の安全性・有効性情報」国立健康・栄養研究所 https://hfnet.nibiohn.go.jp
「〈CSRの陰〉苦境の福島 食い物に」河北新報オンラインニュース(現在は閲覧不可)
[書影]ニセ科学の闇に切り込むミステリ『コンタミ』ニセ科学の闇に切り込むミステリ『コンタミ』

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