講談社創業者が師範学校で実践した「超・省エネ勉強法」

大衆は神である⑩
魚住 昭 プロフィール

とにかく抜き出た偉いものになってみたい

まず、本人の弁を聞こう。

〈(仮入学期間をすぎて)、サア若い者ばかりが集まっている学校生活、こうなるとムクムクと頭をもちあげてくるのは例の腕白乱暴、磊落不羈(らいらくふき)という私の性質でありまして、三カ月間はさすがにおとなしくしておった(略)。

いよいよ本入学になると、そろそろ地金があらわれてくる。勉強はあまりしない。騒ぎ回る。(略)私の師範入学はどちらかというとただ学問ができる、金が少なくして学問ができるというくらいの考えで師範に入ったのであって、学校の先生というのが目的でもなければ理想でもない。

そのうちに道を見つけて政治家にでもなろうか、軍人にでもなろうか、あるいはそのほか、とにかく抜き出た偉いものになってみたいというのが理想であり目的でありました〉

注目すべきは、清治が「学校の先生というのが目的でもなければ理想でもない」と述べていることだ。教師としての出世を望むのであれば、まず師範学校をトップクラスの成績で卒業しなければならない。そうすれば、県内有力校の訓導を皮切りに、教頭、校長、次いで郡の視学、県の視学とステップアップして、最後は郡長にまでのぼりつめることができる。

しかし、彼が望んでいるのは、そんな小ぢんまりした出世ではない。政治家か軍人か「とにかく抜き出た偉いもの」になるきっかけをつかむのが目的なのだから、師範学校での成績の良しあしは大した問題ではない。清治には、優等生になる気はハナからないのである。

 

ノートを求めて友のあいだを…

といっても、落第しない程度の点数はとらなければならない。師範学校の授業には、教科書がろくになかった。そのため、授業内容を鉛筆で筆記し、夜間、自習室でそれを清書して最終的には一冊のノートに仕上げる必要があった。が、清治はその作業をサボった。当然、学期末の試験勉強の際に困ったことになる。

次も本人の回想である。

〈一向帳面を持たずにおるものだから、いざ試験というときになっても何を見たらよいのだか読むものがない。用意ができない。

それであっちの友達のところに行って、読みかけているところをいっしょに見たり、こっちの友達のところへ行って読みかけているのを一緒に見たりする。邪魔になる。遠慮しいしい機嫌を取りつつチョイチョイのぞき見る。

ところが例えば博物なら博物を一方が見ている。それを途中から見始めるのだからなかなか頭に入らない。それもこっちが早く読んでしまっても向こうの読むまでは待っていなければならない。(略)そんなことで試験を受けるということはずいぶん乱暴なわけでありました〉

ノートののぞき見だけでは及第点をとれないから、清治は試験のたびに友だちからノートを借りた。借りる相手はその学科の得意な者だ。そういう者のノートには、試験に出そうなところに何らかの印がついているので、余計な労力を費やさずにすむからである。