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W杯サッカー日本代表を素直に応援できなかった理由

異様なメディア空間への違和感

世間の盛り上がりとは裏腹に…

サッカーのワールドカップロシア大会もまもなく閉幕。今大会は日本中を感動させた日本代表の活躍とともに記憶される大会になるだろう。

……というような論調を世の数多くのメディアは語るのだろうし、すでに語っているだろうが、私はそうは感じていない。これを読んでいる多くの方と同じように、今大会の日本代表の試合はすべてTVで見たが、感動も興奮もしなかった。

それどころか応援する気持ちにすらならなかった。

どうにも気勢が上がらず、気が付くとコロンビア、セネガル、ポーランド、そしてベルギーのゴールに何かしらの安心感を覚え、日本代表の得点シーンでは冷め切った心持ちでアナウンサーの絶叫を聞いている自分がいた。

なぜそのような精神状態になったのだろう。

もともとスポーツ観戦は大好きで、40年以上、あらゆるスポーツを、現場に足も運んで見てきた自負はある。

スポーツ専門でやってきたわけではないが、サッカーも含めて仕事として取材した経験もある。そしてさまざまな競技において日本の代表チームや選手を応援しないというわけでもない。

「現代ビジネス」で書いてきたように、平昌五輪では女子アイスホッケー「スマイルジャパン」を熱烈応援していたし、ノルディック複合の渡部暁斗選手への期待も記事に書いた(参照 http://gendai.ismedia.jp/list/author/seijiromatsutani)。もっとメジャーなスポーツでも、MLBエンジェルスの大谷選手の活躍だって胸を躍らせて大応援している。

日本のサッカーが世界を相手に活躍するのが嬉しくないわけでもない。一昨年暮れの横浜で、鹿島アントラーズがクラブワールドカップの決勝で、あのレアルマドリーを苦しめた時は現地にいて、柴崎選手のゴールや昌子選手の活躍に大興奮したし、昨年のACLで浦和レッズが優勝した時もTVの前で歓声をあげた。

ワールドカップの日本の試合にしても、1998年のフランス大会に初出場して以来、すべての試合をTVで見てきた。そして当初は私も日本代表を素直に応援していた。中山選手や名波選手、井原選手に声援を送っていた。

それではなぜ、世間の盛り上がりとは裏腹に、ロシアで戦う日本代表にエールを送って観戦する気になれなかったのだろうか。

自分でも不思議だ。ここは自らの心の内と対面して、少し分析することにした。

 

日本代表は「活躍」したのか?

まず、ハリルホジッチ前監督の解任騒動に不穏なものを感じた、ということが考えられる。

実際にこの理由で今回の日本代表に賛同できないという人もいるだろう。予選を勝ち抜きチームをロシアに導いたのは間違いなく彼だ。それを最後の最後であっさり捨てた協会のあり方への批判は、今でこそぱったり聞かなくなったが、確かにあった。

一部の選手が監督交代を「直訴」したとか、ハリル氏を招請した中心人物が協会内で失脚したことと関連付ける記事が出るなど、組織内の醜い暗闘があったことを感じさせる状況はあった。

しかし、私はハリル氏解任に憤りを感じているわけではない。

プロのサッカー監督というものは、言って見ればクビになるために存在しているようなものだ。サッカーをするのは選手だであって、監督は自分でボールを蹴るわけではないのだから代わりはいくらでもいる。

どんなチームもいつかは負けが込み、その時にチームの上層部が何か「手を打つ」ために監督がクビになる。ほとんどの監督がその運命は逃れられないものなのだ。あっさり身を引いた西野監督はそのことを熟知しているに違いなく、この点では実に賢いなあと感じている。

それでは何が原因か。